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《対談》「西村さんを囲む夕べ」
2015.5.27
対談
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2014年7月24日に開催された、2013年度ホール・オブ・フェイムの西村佳也さんを囲む夕べ。インタビュアーとして岩永嘉弘さんにご協力いただき、「ウールマーク」や「山崎」の、あのCMが生まれた背景や、西村さんが考える広告の使命についてなど、いまだからこそ聞いておきたいお話を惜しげなく聞かせてくださいました。

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とことん取材を重ねて
3年分の企画を作る

岩永
今、フリーのコピーライターはたくさんいますけど、西村さんはその先駆けともいえる人です。かつては企業の中にコピーライターがいる時代があって、その次に代理店にコピーライターが移って、さらにプロダクションでコピーライターが活躍する時代があり、そこから抜け出して、フリーランスになる人の時代が来た。最初にまずフリーになったきっかけや、サン・アドを辞めた後、1年間電話が鳴らなかったという、独立当時のお話から聞かせてもらっていいですか。

西村
電話が鳴らなかったのは半年です(笑)。僕はなりたくてフリーになったわけじゃないんですよ。サン・アドにいたのは案外短くて4年半だけだったんですけど、その間にサントリーの仕事を中心に自由にいろいろやらせてもらっていました。机の引き出しにウイスキーを入れて、それをなめながら仕事をしたりね(笑)。居心地のいい、僕向きの会社だったんですけど、ある日じんましんが出始めたんです。食べ物をコントロールしたり、医者に行って治療もしたんですけど、いっこうに治らない。

岩永
ストレスからきたんでしょうか。

西村
仕事のストレスもあったと思うけど、そもそも組織にいることが苦手だったんでしょうね。自由にさせてもらってはいたけど、なんか違うと体が言い始めた。それで会社を辞めてフリーになったんです。そしたら、辞めた次の日からもうじんましんが出なくなりました。これ、本当の話です。びっくりしましたね。事務所として借りたのは古くて汚いマンションでした。

岩永
月星ゴムのビルがある通りのマンションでしたよね。

西村
そうです。前の住人がめちゃくちゃくにしたひどい部屋でね。権利金とか敷金は一切いらなかったんです。事務所を開いてから、壁紙を剥がして壁をきれいにして、床も畳からベニヤに変えてカーペットを敷きました。ドアにペンキを塗ったり、そんなことを毎日してましたね。

岩永
毎日ですか?

西村
毎日です。だって仕事がないんですから。机もなくて部屋の真ん中に黒い電話がひとつ床に置いてあるだけ。でも、これが鳴らない。

岩永
その時、結婚して子どももいるよね、もう。

西村
してます。

岩永
30歳ちょっとくらいですよね。

西村
下の子が産まれてすぐだったので32歳ですね。

岩永
半年仕事がなくて、初めて電話が鳴った仕事がたしか・・・

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西村
ウールマークです。アートディレクターの中島祥文さんとご一緒した仕事ですね。中島さんとはその前からトンプソンのパーティーである人を介して知り合っていました。中島さんがウールマークの広告でADCグランプリを受賞したことを僕は知っていましたし、中島さんも僕がサントリーホワイトでTCC新人賞を獲っていたことを知っててくれたんです。お互いの仕事を知っていたので「いつか一緒にやりましょう」と言って別れたのですが、僕がフリーになって仕事がなくなってしまった。そしたら中島さんが連絡をくれてウールマークが始まるんです。これが今考えてもぜいたくな仕事でしたね。掲載になるまで半年もある。その半年間で何年か分の企画を立てました。

岩永
すごく取材したと、西村さんが何かに書いてたのを覚えています。

西村
そうですね。半年間いろんなところへ行きました。町の毛糸屋さんのおばあちゃんにも話を聞いたし、レディメイドの背広を何千着もつくっているような工場や銀座の一流テーラーにも行きました。一宮のウールマークのセンターにも行きましたね。とにかく半年間は取材。そこで集めたネタを、ふたりでああでもないこうでもないと言いながら、3年くらいの企画を先につくっちゃいました。

岩永
たしかに、いろんな切り口の広告がありましたね。

 
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西村
サントリーでもお酒の話を聞くのが大変好きだったので、工場に足しげく行っていましたけどね。このウールマークもそういうつくりをしていました。


新聞広告ならではの
広告の作り方

岩永
ひとつ質問なんですが、眞木準君はよく「キャッチフレーズは何百も書く」と言っていました。一方では神が降りるみたいに言葉が降りてくると言う人もいる。西村佳也はどっちのタイプなんですか。

西村
僕はほとんどキャッチつくらないですよ。ポッて出たら、それで終わり。長々考えたりしませんね。そういうタイプの仕事ももちろんあるけど、ウールマークみたいな仕事はボディコピーが先にある感じなんですよ。新聞広告でしたから。

岩永
取材から生まれたボディコピーが主ということですね。

西村
新聞広告はやっぱり読んでもらわなきゃいけないので、内容がものすごく大事なんです。

岩永
そうすると、テーマをあれこれもんでいるうちにボディコピーが書けちゃうということですね。

西村
ボディができちゃうと、キャッチもできてるんですね。新聞広告の場合はキャッチというよりいわゆるヘッドライン。キャッチ一本で持たせようという気持ちは全然ない。サントリーホワイトの「鮒と白」なんて、これだけじゃ何の意味かわからないですよね。釣りの世界で言われている「鮒に始まり鮒に終わる」を「白に始まり白に終わる」と重ね合わせているわけですけど。ここで気の利いたキャッチをつけちゃうと、読んでもらえないと思うんですよ。だから、何のことだろう、よくわかんないな、っていうところで留めるんです。

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岩永
気になって読ませる仕掛けになっているわけですね。「ウイスキーのジャック&ベティ」もそれだけでは意味がわからないけど、ボディを読めばわかる。

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西村
新聞広告って基本的にはそうなんです。読ませる技術だと僕は思います。だからまず、ボディコピーの一行目に引っ張り込む。引っ張り込むために、ヘッドラインで答えを出さない。

岩永
ちなみに、僕と西村君はたまたま同じ大学の同じ学部です。僕は新聞学科で、この人は政治経済学部の経済科。僕から見ると、西村君の今の話って新聞記事の書き方なんだよね。

西村
そうですね、記事のつもりで書いていました。僕は広告って、そういうものだと今でも思っています。そう思うようになったのは、やっぱりウイスキーの仕事が原点。工場に足を運ぶとわかるんですけど、ウイスキーづくりっていうのは、とんでもなく非効率的な仕事なんです。散々苦労して仕込んで樽に寝かして、毎日樽をゴロゴロ転がす。10年も20年も寝かしている樽もあるわけですから、ものすごく効率の悪い仕事ですよね。でも、それを見ていると、そこに樽があること自体がドラマだと思える。だから、広告もノンフィクションでいいんだと。フィクションを入れる必要なんかないんです。

岩永
無闇な飾りは不要だと。

西村
ウイスキーづくりの話を書くだけでエンターテインメントになるんですから。僕は広告はノンフィクションが基本と思ってますけど、それはやっぱりウイスキーの仕事が長かったからだと思います。もちろん事実に驚きがないとそれはできないから、商品によって左右されるかもしれないけど。幸いにしてウールマークという商品を与えられたので、こういう広告をつくることができました。ウールマークに関してさらに言うと、「愛着」というコンセプトがあったんです。ウールマークの最初のシリーズには「ウールは愛着に応えてくれます」っていうスローガンがついています。

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岩永
なるほど、右下についていますね。

西村
愛着っていうのは、人とモノとのかかわりです。モノについて語ることは、人について語ることであり、モノと人との関係がつまり、この広告の軸です。ウールって10年着たりもするじゃない。ほころんだら繕って着たりしてね。それがちょうど大量生産、大量消費に対するアンチテーゼにもなった。だから、この広告は決して新しくないんです。モノを大切にするとか愛着って、全然新しくない。古い価値観です。日本人の根本にある、ものすごく古い根本的な価値観。

岩永
それを忘れかけているところにポンと投げかけたんですね。

西村
そう。今、それを投げかけることに意味がある。そういう思いで始めた仕事です。


色あせない名コピー
「触ってごらん、ウールだよ。」

岩永
「触ってごらん、ウールだよ」っていうコピーはどうやって生まれたの?

西村
最初が「愛着に応えてくれます」で、次に「ついてるかな、ウールマーク」というコピーでマークの認識を向上させた。そのあとが「触ってごらん、ウールだよ。」なんです。

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岩永
「触ってごらん、ウールだよ。」は一世を風靡した、記憶に残るコピーですよね。ウールについて研究や分析を重ねて、最後「触ってごらん、ウールだよ」というコピーに行き着く。これはさっきも質問しましたが、言葉がボーンと出てきたと思うんですけど、どうですか? 

西村
実はこのコピーは3年間プレゼンしてたんです。この3年前に提案してボツになって、次の年も出してまたボツになって、3年目にどういうわけか通った。その年からファッションキャンペーンといって、今までとは切り口を変えて、ウールのファッション性をもう少し表へ出していかなきゃいかんっていう話が出てきたんです。でも、ファッション性とは違うんですよ、「触ってごらん」だから。

岩永
たしかに、素材の本質の話ですよね。

西村
だから、ビジュアルは今までと比べて華麗になってるんですね。CMもあるので、ちょっとCMを見てもらいましょう。


西村
CMは4本タイプあります。女性のセーターとニットとコート、それから男性のジャケット。例えば、コートはフランスの列車の中に、柔らかなドレープがあるコートがポンと投げかけてあるだけのCM。音楽は入ってないんです。まわりのお客さんの会話が入っているだけ。

岩永
ほんとだ、音楽ないね。言葉もまったくない。これだけですよね。

西村
ナレーションのみです。

岩永
このコピーは10年ぐらい使ったんでしょ?

西村
いやいや使わないですよ。ワンクールしか流してない。

岩永
そうなんだ。それはすごいですね。

西村
本数だって松下とか資生堂とかトヨタの何十分の一しか流れてないんです。

岩永
でも、この声はよく覚えている。

西村
黒沢良さんですね。企画は中島さんと僕でやって、コンテも全部つくった上で、演出を高杉治朗さんにお願いしました。完全にグラフィックのチームがつくったCMですね。だから、画がほとんど動かないんだよ。でもそれがよかったんでしょうね。ワンカットがね。

岩永
確かにワンカットですね。

西村
テレビに映したポスターなんですよ。

岩永
特にこれなんかすごいなあ。空気感が伝わるね。


西村
このためだけにロンドンにロケに行っているんです。

岩永
ハイドパークあたり?

西村
そうです。とはいえ僕は行ってないんですけどね。空気撮りに行っているようなもんだから、僕が行かなくてもいいだろうと思って。

岩永
きれいだねえ。

西村
撮影は菅昌也さん。実にデリケートな色調。

岩永
触りたくなるよね。

西村
うん、触りたくなるようなCMでしたね。

岩永
どんな人が着ていたのかなあ。体温が残ってるような感じです。

西村
SEだけというのも、結果的にはよかったですね。もうひとつ、これはAGFA(アグファ)っていうフィルムなんですよね。アメリカはコダックだけど、ヨーロッパではAGFAがよく使われるんです。AGFA特有の色合いがウールの表現にものすごく合っていたと思います。それは、たまたまじゃなくて、ロンドンに行こうと言った中島さんが偉いよね。そんなわけで、流している期間は本当に短かったけど妙に話題になったんですよ。

岩永
残ったよね、ずっと。

西村
その10年後くらいに、当時子供だった人が大人になっても覚えていることがたくさんあって、こっちがびっくりしました。何であんなちょっとしか流さなかったのに、みんな覚えているんだろうって。

岩永
時代が動いたというか、追いついてきたというか、そういうCMなんでしょうね。

西村
ところで、人間は視覚型、聴覚型、触覚型の3タイプに分かれるらしいんですけど、僕は触覚型なんです。肌で触ったり、においとか味覚とか、そういうのが一番敏感で、視覚、聴覚なんかはまるで駄目なんですね。だから「触って」という言葉が出てきたのかなと思う感じはあります。ウールの良さがいちばん伝わるのは触覚じゃないかという気がしてたんです。

岩永
そうだよね。アクリルでもポリエステルでもなくウールはね。

西村
着心地って、そもそも触覚ですよね。肌に直接訴えてくるものだから。

岩永
それが愛着ってことだよね。

西村
この頃、ウールは化学繊維に追い詰められていたんです。化学繊維は色も鮮やかだから、ウールはファッション性で追い抜かれているというか、苦戦をしていた。そこでファッションの世界でウールの復権を果たしたいということで、「触ってごらん、ウールだよ。」の次は「ウールって、新しいと思う。」というコピーになりました。

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ヨーガンレールや菊池武夫とか、当時のトップデザイナーにウールを提供して服をつくってもらい、キャンペーンを成立させました。結局ウールマークの仕事は十何年もやりましたね。僕の仕事って、だいたい長いんです。


長く愛される
西村さんのコピー

岩永
僕は西村佳也は「触ってごらん、ウールだよ」と、「なにも足さない。なにも引かない。」だと思っているんです。

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西村
みんなそう言うんだよ。確かにね、ほかにヒット作がないんです(笑)。

岩永
そんなことはないけどね。「なにも足さない」はいまだに使っていますよね。

西村
もう終わりました。25年使ってもらいましたから。

岩永
まだ使っていると思っていました。そのくらい残っているよね。

西村
ひとつの言葉を25年使うっていうのは、日本ではあまりないです。

岩永
これが出たのは何年?

西村
山崎が発売されたのは1987年。その時は違うキャッチでした。それから3年たって、売り上げ目標を上げたんです。10万ケース売るみたいな話になって。で、開高健さんに出ていただこうということになったんです。

岩永
ああ、ありましたね。

西村
開高さんに出演していただいたCMのコピーが「なにも足さない。なにも引かない。」でした。

岩永
最近の山崎にもこのコピーが入っているような気がしますよね。タグみたいについているような気がする。ちょっとCMを見てみましょうか。


 
西村
「なにも足さない、なにも引かない。」以外何も言ってない。

岩永
あとは商品名だけ。

西村
ひどいCMだね(笑)。

岩永
別のCMも見てみましょうか。

 
西村
演出は東條忠義さんです。

岩永
京都の話ですね。

西村
なんかナレーションが気取ってますね(笑)。やっぱりこれ、書き言葉なんですよ。耳から聞く言葉じゃなくて、書いた文章をそのまま流してる。記事の成り損ないみたいなコピー。だから、僕の中にはジャーナリストの成り損ないがいるんです。

岩永
西村君の中に何人かいるってこと?

西村
いるんです。ひとりは先程もいったようにジャーナリストの成り損ない、ひとりは、何ていうのかな、エッセイストというか、コラムニストというか、エッセイを書くようにコピーを書くタイプの僕がいるわけですよ。もうひとりはいやらしい美文家の僕。

岩永
美文家、ああ、なるほど(笑)。

西村
で、この山崎は、美文調なんです。あまりいただけないですね。ちょっと文章懲りたくなっちゃったという感じ。サントリーのリザーブもそうですけど、一種の美文じゃないですか。あれはわざと明治の文体って言うか、今、朝日新聞で漱石の『こころ』を連載していますけど、ああいう感じの広告をやろうということで、つくったのがリザーブの広告なんです。

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岩永
総ルビですね。

西村
そう、大正時代の読売新聞の活字を探してきて、それをそのまま使っている。めちゃくちゃ難しい漢字がそのまま出てくるので、全部ルビを振っているんです。文体も意図的に明治の文豪っぽくしました。開高さんの文体と、漱石や鴎外の文体、あと野坂昭如の文体をミックスさせた感じ。「日本に生まれたことを喜びたい」って、普通に書くと、「日本に生まれてよかった」になるけど、あえて読みにくい文章にするという。この時のコンセプトは文学。

岩永
一部の好事家だけが好むんだろうね。

西村
ADは長谷川好男さんで、墨絵は伊藤方也さん。芸大卒業したあと、リトグラフをやってた人です。

岩永
書画ではなかったんですよね。

西村
書画ではないんです。全然違う。その人がラフスケッチを描いていて、めちゃくちゃうまい。もう、とにかく、右に出る人はいなかったですね。

岩永
今はパソコンの写真を合成してプレゼンテーションするけど、昔はラフスケッチを描いていましたからね。

西村
そのほうが見る人は想像力を働かせられるからいいんですよ。僕の仕事もずっと彼に頼んでました。マーカーでグワーッと書く感じなんだけど、ものすごくうまい。実はスッポンは、最初は別の日本画家にお願いしたんです。でも、出来上がってきたものにどうしても満足いかない。それで伊藤さんに墨持たしたらどうだろうという話になった。それまであの人墨絵を描いたことがなかったんですよ。

岩永
このあと伊藤さん、字を書くようにもなりましたね。

西村
そうそう、字も書くようにもなったけど、墨絵はこれが最初。でも、ものすごい人だからサッと描いちゃうわけですよ。どっちかって言うと、南画っていうよりは、北画っぽい。ほら、大根なんかすごいでしょ、ドーンって。太太してて。

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岩永
達磨の絵みたいにね。

西村
このとき、大根を100枚描いたんです。このために100枚描いてくれた。紙に線が書いてあるだけなんだけど、線の中が白く見える。不思議なんですよ。大根の外側と中側、同じ紙の色なのに、中が白く見える。「すげえなあ」と、その時思いましたね。それで何十年ずっと一緒にやりました。

岩永
この広告以降、伊藤さんはいろいろ描き始めましたよね。


CMをコンテンツ化して
伝えるという手法

西村
では、ここからもう少しCMを見ていただきましょうか。

 

西村
お気づきかと思いますけど、これ全部書き言葉なんです。つまり、話し言葉とか、耳にする言葉に置き換えていない。CMをつくるとき、普通は置き換えるんですよ。でも、コンセプトは文学だから、あえて置き換えなかったんです。

岩永
置き換えられない。

西村
書き言葉のままCMに乗せちゃうというやり方を強引にやっていて、ほかのCMと違う世界をつくることに成功しています。意識したのは、広告の内容です。商品のことなんてほとんど何も言ってないんですよ。ところどころでウイスキーの話がちょっと出るぐらいで、毎回、食べ物の話をしているわけです。ウイスキーと食べ物って、本来大変強引なんですけど、ウイスキーを売るために、無理矢理くっつけた(笑)。でも、例えばスッポンなんか、ロックと合うんですよ。当時は、今ほど料理とか食べ物の情報が流れていない時代でしたから、悪くないと思って始めました。

岩永
なるほど。

西村
この場合、広告を支えているのは何かと言うと、商品ではなく、全然違う情報です。新聞記事や雑誌記事になるようなことをそのまま広告にしているわけですね。つまり、広告にコンテンツを持ち込むという形。例えば、山崎には日経の5段と、朝日のラテ面の短冊っていうシリーズがありました。これはもうエッセイなんですよ。

岩永
ああ、ありましたね。文章がたくさんある広告。

西村
もう単なるエッセイなんです。題材を別に取って、最後に一行、ウイスキーに落とすだけ。その一行だけであとは全然違うことが書いてある。ふだん、僕もそうだけど、広告らしい広告って読まないです。よほど刺激的な広告でない限り、一般の人はなかなか目を通してくれない。

岩永
そういう意味で、広告をコンテンツ化させているんですね。

西村
当時は、読ませるためにコンテンツを上質にするということをすごく考えていましたね。読んでもらえなきゃ広告なんて二束三文じゃないですか。だから、どうにかして目を通してもらう。そのためには、あ、この広告は結構面白いことが書いてあるんだって思ってもらえることが重要なんです。

岩永
名前がずらっと並んでいる広告もありましたね。

西村
トリスですね。それはもうずっと前ですけど。考え方は同じですよね。

岩永
エッセイストの西村佳也が書いているんですね。

西村
これは美文家の僕ですね。まあ、文章に凝る面白さを勝手にやっているわけで、趣味に近いところはあります。そういうことを広告に持ち込んで、違う顔つきを与えるという意識なんです。根底にそういう意識があるので山崎も最初からエッセイって決めていました。広告らしい広告はつくらない。読んでもらわなきゃしょうがないしね。

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岩永
広告のつくり自体が違うんですね。

西村
商品とは別の情報が広告の質や内容をグッと厚くする。そこで積み重ねられていくのは、ある種の文化の香りみたいになるわけです。僕は商品に文化ができたら、しめたもんだと思っています。ひとつの商品に文化が感じられたら、ブランディングにとって非常に有利というか、大きな成果になると思っている。広告っていうのは、明日モノを売るものではないっていうのが僕の考え方で、いずれ売れればいいんですよ。5年先で結構。そのかわり、5年先までにある程度ブランディングが確立していることが必要なんです。そのための今の作業。

岩永
そのための積み重ね。確かに、そういうことが求められるし、それが本質でしょうね。

西村
毎日、毎月やっている広告が、5年先にどこにたどり着くのかってことを考えながら、広告をつくる必要があります。僕は、今の広告を批判するつもりはないけど、そういう意識がやっぱり足りないと思う。どういうことかと言うと、デフレの時代はお金をつぎ込むのを抑えなきゃならなくて、むしろ、何もしないこと、削っていくことのほうが大事な時代だったわけです。そうすると5年先のブランディングのために、一見無駄に見えるお金を積み重ねていくことはしにくいので、そういう広告が影を潜めてしまう。だけど、デフレの時代が終わりを告げようとしている。つまり、何もしないことをよしとした時代はもう終わる。とすると、広告も変わらなきゃならないと僕は今思っているんです。

岩永
経済学部卒みたいなこと言ってきたね(笑)。でも、今は即効果が出る広告が求められていますよね。

西村
即効性があるものしか求められていないのが今ですよね。今というかここ数年。「積み重ね? そんなものはいいよ」っていうのが長い間続いてきた広告の不幸なわけです。

岩永
そういう哲学でクライアントと四つに組んでブランディングを構築していく考え方が、今はないんじゃないかという気もしますが、それはどう思います?

西村
それはしょうがないですよね。そういう時代であるし。ただ、これからは、また変わるって思っています。今はほら、メディアの状況も違うじゃないですか。もう、受け手が自分の生活を編集できる時代だから。だから、もう情報だって自分の好きなものだけをピックアップして、全部録画して、CMはスキップしてっていうようなことが、起きている。今のメディア戦略っていうのが本当にあれでいいのかどうかっていうのは、僕もわかんないですが。

岩永
デジタルっていうのはすごいですからね。

西村
やっぱりデジタルは無視できない。だけど、じゃあ、マス広告がなくなるのかって言ったら、なくならないと思います。なぜかと言うと、マス広告は種まきだから。デジタルの世界は、自分から行かないとならないわけで、関心のないものには行かないわけですね。つまり、潜在的な意識の掘り起こしはデジタルじゃできないんです。マス広告というのは少なくとも、潜在的なニーズっていうのを掘り起こすことができます。これから起こるであろう、商品への欲望というものを導き出すための広告であり、それから、そのためにブランドの力を強めておくという場でもある。新聞の力は、もちろん著しく落ちるでしょうがなくなることはない。

岩永
確かに、形は変わるかもしれないけどね、ある程度。


今の広告に欠けているもの
これから必要なもの

岩永
実は、今日のインタビューで最後に「今の広告に何が欠けていて、これからどうしたらいいと思う?」っていうことを、聞こうと思っていました。ちょうどそんな話になってきましたね。

西村
ある人たちから見ると、単なる頑固オヤジの、昔からおんなじこと言っているじゃん、みたいなことになるんですけど。今に限ったことじゃなくて。広告っていうのは、根本的に今日のこの目の前にある在庫を減らすための広告であってはいけないって、僕はずっと言い続けてきたわけです。今日の在庫を減らすものは、また別にいくらでも考えればよろしい。広告は、もっと大きな使命というか、企業にとって広告ってものすごく大事なものだと思うんですよ。それを大事にしてないんです、今は。

岩永
その広告ってメディア広告っていう意味ですよね。

西村
そうです。要するに、販促と広告、ちゃんと分けたほうがいいっていうことです。それは、梶祐輔さんが著書の『広告内視鏡』で言っていらしたことですけど。まさに、そのとおりで、あの本が出たときに、僕は「そうなんだよ」って思いました。今日の在庫をはくための広告とか、そんなけちなことを考えていちゃ駄目だということです。

岩永
ほかにも西村理論がありそうですが。

西村
もうひとつは、広告って、差異化、差別化の論理でずっとやってきたんですよね。今までの広告を支えてきたのは、A社とB社と何が違うか。そこに小さな違いを見つけ出して、それを大きく語るのが広告だと思っている人が多いわけです。でも、僕はそれが間違いだと思うんです。だから、差異化が広告を支えるっていうその考え方を改めたほうがいいと思うし、むしろ、本質論にもっと入っていきなさいと思うわけです。

岩永
例えば、西村さんの仕事でいうと、どんなものがありますか?

西村
例えば、クルマを売るとします。A社とB社のクルマの違いをクローズアップして語ろうとするじゃないですか。一方で、僕の仕事ですが「きっと新しいビッグ・カーの時代が来る。」って最後のほうに書いてあります。

 
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岩永
ここね、右の下。

西村
これがこの広告の肝だったんです。シーマは、この時が新発売で、僕と福田毅さんと杉山三太さんの3人のクリエイティブチームだったんです。この時は「シーマ現象」って言われるくらい社会的に話題になった。で、僕は、動いたひとつの原因は、「きっと新しいビッグ・カーの時代が来る。」だと思うんです。これから3リッターカーの時代だっていう、それがみんなの意識の中にパーンとできたんだと。

岩永
それまで3リッターカーって国産では考えられないことだったものね。

西村
シーマは売れたんですよ。あんな高いクルマがぼんぼん売れて、日産は復権した。だから僕はモノを売らない広告をつくっているわけじゃないです。要は、モノを売ろうとするから売れないんじゃないかっていうことです。

岩永
それでさっきの「在庫をはけるための広告ではない」という話になるんですね。

西村
はい、例えば、今、クルマに乗らない人がたくさんいて、若い人は免許すら持ってないじゃないですか。それで慌ててトヨタが......

岩永
「免許を取ろう」って言っていますよね、最近。

西村
言い始めました。で、これが本当なんですよ。これをずっとやってなきゃいけないんです。それをやらないで、差異化に明け暮れたために、ふと気がついたら、潜在的な若い人たちの市場がいつの間にか消えていた。今からやったって遅くはないんだけど、差異化にばかり注力していないで、ずっとやっていれば、こんなことにはならなかったんですよね。

岩永
それなのに、差別化、差異化に走ってしまった。

西村
当然生まれてくるはずだった次の豊かな市場が、生まれてこなくなっているんです。

岩永
クルマ本来の魅力っていうものを、きちんと伝えなくてはならない。

西村
それをやるのは、今まではナンバーワンブランドしかできないと思われていた。僕らがそういう広告をナンバーツー企業に提案すると「それってさ、ナンバーワンのやることだよね」っていう言い方で、否定されてしまう。

岩永
メジャーのほうがもっと言えるから、自分のところでは言わないというわけですね。

西村
同じ業界のA、B、C社がいます。3社とも同じ課題を抱えているんだけど、B社もC社も、「それはナンバーワンのやることでしょ。ナンバーツーはそれどころじゃない」っていう言い方で、その業界の課題を解決しようとする意欲を放棄してしまう。でも、僕は今の広告がこれだけ力を失ってきている大きな理由もそこにあると思うんです。

岩永
それは気がつきませんでした。

西村
僕は前からそれを言っています。「御社が言えば、大きな声になりますよ」って。でも、なかなか通らない。でもナンバーツーでも、そういうことをしていかないと駄目なんです。ナンバーワンがやっていないことをナンバーツーがやったら潜在的な好感度みたいなのも全部取れるじゃないですか。それからもうひとつ、今の広告界で大問題なのは競合プレゼンです。

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岩永
さっきの話につながりますね。長いスパンで、ビジョンやブランディングをする必要があるという話に。

西村
競合プレゼンだから長いスパンで仕事ができないんです。短期間の課題しか解決できないものを出して、それが採用されるために広告がどんどん矮小化していく。

岩永
目先の問題になっちゃうということですね。

西村
いちばんよくないのは、通るための広告やプレゼンで勝つための広告をつくっちゃうこと。もちろん勝ったチームの力っていうのは素晴らしいと僕は思うんだけど、そういうことを繰り返している間に、広告界はどんどん小さくなって大きな課題を見失っていく。同じチームが5年続けているっていうような、そういうケースがだんだん少なくなってますよね。

岩永
まったく、そうですね。

西村
今日の仕事を見ていただいてわかるように、僕の場合はほとんどが10年とか7年とか、短くても5年の仕事です。

岩永
西武の仕事なんかもそうですよね。糸井重里さん、西村さん、それから日暮真三さんとか浅葉克己さんが長くやっていた。

西村
田中一光さんが西武の総合的なクリエイティブディレクターという役割をやっていらして、店内のインテリアから何から全部を見ていた。

岩永
その派生として、パルコができたのもまた一つの文化ですね。

西村
そうですね。

岩永
あの時代は、さっきの西村さんの言葉で言えば、広告がお店のブランディングを本気でおこなって、目先で売るんじゃなくて、ひとつの文化をつくっていくことをやっていましたね。ブランディングカルチャーみたいなものをつくっていく。その先駆けでしたよね。

西村
僕がやった西武の最後の仕事が「女の時代」です。ゴーマン美智子さんという、女性マラソンランナーの草分けがアメリカにいたんです。日本人なんですけどね。今でこそ、日本もオリンピックで勝つまでになったんだけど、その当時は女性マラソンランナーなんてひとりもいなかった。そんな時代にゴーマンさんをアメリカまで撮りに行き、長尺のCMを作りました。


CMがその後の
価値観をつくる

岩永
いい話が聞けたので、西村さんが言い残したことがなければ最後までCMを見ましょうか。

西村
その前に、さっき言ったように、僕はコピーをあんまり深く考えないし、キャッチ何本もつくるタイプじゃないんですよ。で、長沢岳夫さんが「これ、イージーじゃない」って言ったCMがあります。

ちょうど僕がやるころから、プロギアはアマチュアからプロのクラブに変わっていくんです。僕が最初にやったのは黒チタンでした。チタンのドライバーが出始めの頃で、その時にブライアン・ワッツっていうアメリカのプロゴルファーと契約しました。当時はまだ海の者とも山の者とも知れない人でしたけどね。で、僕が書いたコピーが「うわさのワッツの黒チタン」。それですごく売れて、プロギアは初心者のクラブじゃなくなった。クオリティの高いクラブに格上げになったんです。イメージもぐんと上がりました。

だいたいゴルフクラブっていうのは、口コミで売れるんですよ。ゴルフ場で「これどう?」「黒チタンいいよ」ってなるとブワーっと売れる。そんな仕組みになっているんです。だから、「うわさのワッツの」っていうのは、うわさになってない時点でうわさにしちゃったわけです。

岩永
うわさをつくっちゃったんですね。

西村
そう。勝手につくっちゃった。そうしたらワッツが突然勝ち始めて、4連勝かなんかしちゃったんです。無名の選手が突然4連勝ですよ。毎回、「黒チタンで優勝」っていう優勝記念の新聞広告をつくって、それで黒チタンが確固たる地位におさまっちゃったわけです。

岩永
で、次が「ベリー・イージー。」ですね。

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西村
そもそも黒チタンっていうのは、プロ好みの、僕らじゃ全然使い切れないようなクラブだったんです。で、これが出たときに試打しに行ったら、すごく打ちやすかった。で、「これ、やさしいわ。ベリーイージーですね」って、そのままコピーにしちゃった。

岩永
確かに。コピーのつくり方もイージーですね(笑)。終了時間に近づいてきたので、次々見ていきましょう。

西村
三菱のギャランシグマっていうクルマの広告で高倉健さんとご一緒したんですけど、高倉さんとはそこからおつきあいが始まりました。そのあと日本生命でも5年間一緒で、その後さらにキリンビールでも一緒。健さんって5年契約なんですよ。だから担当すると5年間一緒にいられるわけです。

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岩永
さっきの話とつながるね。5年やってやっとイメージがつくという。

西村
そうそう、5年やるっていうのはそういうことなんですよ。ついでにもうひとつ言うと、僕が日本生命で書いた「不器用ですから」っていうコピーが、健さんの代名詞になっちゃったんです。

岩永
日本生命の「不器用ですから」、ありましたね。

西村
ご本人は「いやあ、僕はそんなに不器用じゃないです」って言っていましたけど(笑)。

岩永
いつの間にか彼自身のキャッチフレーズになったね。

西村
健さんがちょうどそのころ、中国へ行ったんです。そうしたら帰ってくるなり「西村さん、中国では不器用ってバカっていう意味なんですよ」と。中国では不器用っていうのはバカとかアホとかっていう意味らしいんです。僕は何と答えていいかわからなかったです(笑)。

岩永
というわけでそろそろ終了時間が近づいてきました。西村さんとは長いつき合いだけど、そんなことを考えていたとは知らなかったなあ(笑)。すごくいい話いっぱい聞かせてもらってよかったです。ありがとうございました。

西村
いえいえ、こちらこそ、どうもありがとうございました。

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(おわり)