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文章と宇宙

2018.01.11

TwitterやFacebookなんかが普及して、
2010年代以降「モノ書く」ということはますますカジュアルになった。

昔の随筆だとかを読むと、もう少し文章がどう読まれるか、
ということについての緊張感がみなぎっているのを感じる。

文章が書かれ、印刷され、読まれる、というプロセスの重みなのだろうか。

「この文章がいろんな人に読まれた時に、
 それぞれの人がどんなふうに思うだろう?」

という思いの絶対量が違う(ような気がする)。

だから、「しゃべる」と「書く」は昔は結構違っていたんだろうなあ、
と思います。

いまはそんなに自意識の重くないしゃべるような文章も多いですよね。
(たとえば、あなたがいま目にしている文章とか)

ところで、話は変わるのだけれど、
ボイジャーだとか、パイオニアだとか、
宇宙人に宛てたメッセージを積んで宇宙を旅する
惑星探査機があるらしい。

よく考えると、宇宙人になにかを伝えようと思う発想ってすごいですよね。

宇宙人を見つけたい、っていうんじゃなくて、
宇宙人にメッセージを届けたい、っていうのがなかなかじゃないですか。

圧倒的熱量。

澄み渡る冬の夜空を見上げながら、そんなことを思ったのでした。