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西村佳也さんといた夏。その2

2018.02.13

フリスビー・ドッグ


ギュルルルル、ギュルルルルー。
今回もタクシーは走り続けているのだった。
ギュルル、ギュルルルルー。
すきやばし次郎のにぎり。
ギュルルル、ギュルルルルー。
ジョエル・ロブションのモダンフレンチ。
ギュルル、ギュルルルー。
メゾン・ド・ユーロンの中華。
好きなものを食べさせてくれると言ったNさんは、
俺の答えを待っている。
遠くを見つめるドン・コルレオーネのように。
カーラジオからはシャネルズの歌が流れてる。
♪〜ラアんナウェー とおっても好きさ〜
♪〜ランナウッエーイ
鈴木雅之の歌声に世間が油断したその刹那、
自信と希望に満ちた声で俺は言ったのだ。
「かつ丼!です」
ギュル?
運転手の心の動揺がアクセルに伝わった。
車輪の軋みが、そりゃないよと、言っていた。
Nさんの頭の中だけじゃなかった。
世界中の頭の中が真っ白になった。
「かつ丼?.....かつ丼で酒はつらいなあ」
G1レースで100万ぶっ込んだ本命が、
第一コーナーでいきなり落馬した時のような顔だった。
いまでもそうだがあの頃の俺は、
美味しいものなんて知らなかった。満腹こそが御馳走だった。
山盛りの白米のごはん茶碗を手に未来を見つめる、
ただの若者だったのだ。
「今夜は私が決めるよ」Nさんが言った。
ギュル!ルルル!
うるさかったあのタイヤも少し安心したようだった。
「ベルコモンズの交差点まで」
目的地を告げられたタクシーは、
フリスビーのディスクを追いかける犬のように、
ハヒハヒ言いながら夜の東京を行くのだった。
そのタクシーのしっぽを追いかけながら、
お話もハヒハヒ言いながら明日に向かうのだった。