リレーコラムについて

AC「たつみも、ほめよう。」

巽洋子

こんにちは。
電通名鉄コミュニケーションズの巽(たつみ)です。
昨日詰めていたACの企画が、今日ほぼほぼスタートに出戻りました。
つら。

 

私が初めてACを獲れたのは、2015年度の全国キャンペーン
「おとなも、ほめよう。」でした。

 

 

 

企画していた当時はプロモーション部からクリエイティブ部に異動してちょうど1年。
チームは過去に何度もACを手掛けている森俊博パイセンをリーダーに、
中途で入社してきたペーペーのADよしやくんでした。

夜な夜な私とよしやくんが森さんに企画を出し、粉砕する日々。
当時は22時ルール(今はどんなに遅くても残業は22時まで)もなかったので、
終電に乗れる日はよしやくんと
「今日は早く帰れましたね・・・(死)」
なんて言いながら帰ってました。

書けど書けど、案出しの場では一瞬で散っていく言葉たち。
なんならADのよしやくんの方がゴロっとした良い視点の
言葉を持ってきたりして。
情けないやら恥ずかしいやら。両腕がとにかく痒くなって、
血が出るまで掻きむしってました。

やばい、やばい、全然できない。
どうしよう。どうしたらいいかわからん。
あぁ、いい企画出したい。
そして、とりあえずほめられたい。

と、ぼろんと出た
「おとなだってもっとほめられてもいいじゃん!」
という視点。完全に自分のため。

森さんに「この方向、あるね」って言ってもらってから、
最終的なかたちにするのも時間かかりましたが、
なんとそれが採用されることになりました。

クリエイティブ1年目でまだ大した現場もなく、
しかも名古屋だと予算の関係上、東京に比べるとそこまで大きな現場はあまりありません。
そんな中、東京で、
プロダクションの人、照明さん、スタイリストさん、演者さん、音響さんなどそたくさんの人たちが、
私の企画をかたちにしようと動いている。
目の前で起こるすべてのことが本当にキラキラして見えて、ずっと興奮気味だった気がします。

 

 

自分にとってはめちゃくちゃ刺激的で楽しい現場だったのですが、
隣を見たら社内の別のチームが支援キャンペーンで海外(ベトナム)に行ってました。

「え、私も海外行きたい。」

そうして、翌年へとつづく。

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