のださよの話
のださよは、同期のアートディレクターで、同期でいちばん広告を信じている。
愛知県は瀬戸市の出身。中学時代は卓球部のエース。高校時代、「人生に、受験という季節があってよかったと、思えるときが必ずくるよ。」という河合塾の駅貼りポスターを見て涙した。「人の心を動かすものをつくりたい」と、アートディレクターを志す。地元を愛し、地元で生きていくことを疑わない同級生を尻目に、単身深夜バスで上京しては美術予備校に通い、美術館で絵を眺めて、ひとり夢を温めた。金沢美術工芸大学に見事入学すると、オレンジのつなぎで連日徹夜をキメる日々。バイト先はラーメン屋やカレー屋だった。数年後、ものすごく戦略的なポートフォリオで博報堂に入社する。最終面接で、もう一人の候補との当落線上で彼女が選ばれた決め手は、八幡さんの「あいつの方が元気がいい」という一言だったらしい。
のださよは入社5年くらい、プライベートを知らなかった。最初の師匠の教えは「ぜんぶ考える」。ビジュアルだけではなく、戦略も、企画も、言葉も、施策も、最適なメディア(と予算感)も、考える。おしゃれなグラフィックが隆盛だった時代に、のださよは24時間、広告のすべてのフェーズと向き合った。結果、ひとりでなんでもできるモンスターが誕生してしまった。この間、とある打ち合わせに「コピーだけ持っていった」と話しており、本気でその案件のコピーライターに同情した。
のださよは、(とてもスリムなのだが)しょっぱいものと脂っこいものが好きだ。ポテトチップスにさらにトリュフ塩をかけて食べる。激務 +塩気。ときどきマイブームのように健康に目覚め、ある夏は一緒に月2万する富ヶ谷のゴールドジムに通った。持ち前の短期集中力でプログラムに通い詰めたのち、なんだかやっぱり飽きたのか、半年で辞めていた。健康は毎日の積み重ねだから、どうかテンションのアップダウンに左右されず、元気でいてほしい。
のださよは、ある秋突然、7年ぶりの恋に落ちた。出会いはtwitter。彼女の限界ツイートを見て「会いたい」と志願したツイッタラーが相手だった。のださよのタイプは「ナルシスト」で、のだめカンタービレの千秋先輩が理想。はたしてその方は、ロン毛で、イケメンで、俺様で、話しているときに目が合わなくって、すべてが理想通りだった。のださよを愛する同期の男たちは全員、なんらかの詐欺を疑った。あまりにも急展開だったから。ある女友達の家で集まって、彼氏を紹介してもらう席があった。たしかに彼は、俺様だったけれど、その夜、のださよの肩を触って(※私は人の肩をもむのが好き) 激務と塩気で酷かった肩こりが、すっかりなくなっていることに気がついた。顔をのぞけば、気まずそうにするのださよ。なるほど。この人は、確かに愛されているのだ、と悟った。
のださよは、アサインするのがややこしい部署にいる私を仕事に誘ってくれる。新人賞を頂いたpdcの仕事も、そんな始まりだった。もう何年も一緒にやっているから、打ち合わせはとにかく早くて、会話も少ない。時間が研磨したドライな関係を、企画にそのまま写せたらなあ と思った。奇跡的に垣内監督にお願いができて、夢みたいなスタッフの皆さんに恵まれた。順調に迎えた撮影前夜、燕三条の町寿司に飛び込んだ。板前のじいさんが自分用に作った二日目の味噌汁を出してくれる、ユルい寿司屋。その席で、のださよに「わたし、結婚するんだ」と告げられた。企画と現実が混ざり合ったあの瞬間の感触を、 私はこの仕事をやめても、ずっと忘れないと思う。
コピーライターよりコピーを愛しているアートディレクターは、脅威であり、祝福だ。のださよは、そういう人。もう十分すぎるほど売れているけど、今回の仕事と、楽しかった20代のお礼に、勝手にのださよを売っておく。
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