信頼
51対49。多数決では、51のほうが採用される。多数決は、物事の決め方として最も一般的と言っていい。51が勝ち、49は負け。だから49は51に従うのが当たり前。当たり前とまでは言わないにしても、しょうがないこと。49は負けを認め、そういうものだと思って受け入れる。この構造は政治だけではなく、ビジネスの現場や社会の隅々で市民権を得てきた気がする。これについて、どうも違和感が出てきた。勝ち負けがつくにしても、49側がもっと前向きに結果を受け入れられるようにはならないものか。そこで、「信頼」という概念、特に人に対する「信頼」について考える。51側の主張には到底納得できない。でも、主張そのものには納得できなくても、主張する人が「信頼」できる人だったら状況は変わってくる。「信頼」できる人がそんなに真剣に言うんだったら、ここはひとつ折れて、任せてみるか、という流れ。意見の相違があるのは当たり前。人それぞれも当たり前。そこをスタートに、最終的には「信頼」によって任せてみたり任せられたりする社会。そんな社会は理想に過ぎないのだろうか。いずれにしてもその理想に近づくためには、まずは自分自身が「信頼」される人にならなければいけない。それがいちばん難しい。
来週は竹田芳幸さんにお願いします。