今日の失敗
田中大地さんからバトンを受け取った、電通の小川祐人と申します。
よろしくお願いいたします。
バトンを受け取っておいて、なのですが。
昔から日記というものが苦手です。
仕事柄、決められたお題について文章を書くのはできるのですが、自由にその日のことを書く、ということができないのです。
それでも日記への憧れは尽きないので、何かお題を設定して毎日書く、というのをここ数年試みています。
最近つけているのは、「今日の失敗」という日記。
名前の通り、その日に起きた失敗を、一日一行で書くだけのものです。
ちなみにその前は、「今日の起床時間」という日記を書いていました。
こちらも読んで字の如く、その日起きた時間だけを、ノート一枚ずつ使って記すものです。
簡単ではあるのですが、後日振り返った時にあまりにも情報が無機質すぎたので、やめました。
近い将来、ロボットが日記を書くというときにはとっつきやすいお題なのかもしれません。
今日の起動時間、なんて。
話を戻します。
今日の失敗。
例えばどんなことを書いているか、というと。
ソファで寝てしまった。(2021.12.12)
揚げ物を注文しすぎた。(2021.11.14)
11時に起きた。(2021.10.9)
後輩に同じ話をしていた。(2021.12.10)
このランチで1,750円は高かった。(2021.10.6)
のような、いたって他愛もない日常の失敗が中心です。
これ、便利なのは、たった一行なのにその日の光景が思い出せるということです。
そのページは既に読んでいた。(2021.10.25)
小説でしおりを挟むページを間違えていたときのことです。
久しぶりに読み始めたら、何か読んだことあるな、と。
おかげで貴重な30分間を喪失した、という失敗です。
それはヴィヴァルディではなかった。(2021.5.22)
CMに当てる楽曲を選んでいたときのことです。
流れてきた候補曲に対して「ああ、ヴィヴァルディもありですね」と言ってみたのですが、まったく違う作曲家だった、という失敗です。
言ってみたかったのでしょう、「ヴィヴァルディ」って。
もう音楽で知ったかぶりはしないと決めた、ターニングポイントでもあります。
早く着いていれば話に入れたかもしれなかった。(2022.5.10)
とあるパーティーに参加したときのことです。
少し遅めに到着してしまったのですが、その頃には既にテーブルが盛り上がっていて、初対面の人が多いその場で終始居場所がない思いをした、という失敗です。
5分前行動、という概念を学びました。
冷やっこは、木綿ではなかった。(2021.10.6)
冷やっこを家でつくったときのことです。
余りものの木綿豆腐でつくったのですが、まぁ口当たりが悪かった、という失敗です。
スタッフィングにおける適材適所、というひとつの寓話としても応用できそうです。
……とまぁ、こんな場所でこんな極私的な話をしていていいのかと不安になってきたのですが、あえてこの日記を正当化するなら、人は、「よかったこと」じゃなくて「だめだったこと」を振り返ることで成長できそうな気がする生き物である、ということです。
この日記を書くことがなくなる日、それはすなわち、僕が人生における失敗を克服する日。
そう思うと、何だか楽しみでもあります。
ニーチェの言うところの「超人」とは、このような状態に至った人間を指すのでしょうか。(おそらく違います)
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
今日、僕の日記には、こう記されることでしょう。
またわけのわからない話をしてしまった。(2022.6.22)
と。