リレーコラムについて

超常現象

廣瀬大

もう、10年以上前のことになる。

 

その日、僕の彼女と僕は、友人夫婦に誘われて隅田川の花見に出かけていた。

満開の桜に集う人々。缶ビール片手に花見をする人の姿も見える。

花は見事に咲き誇っているが、まだ、風は冷たい。

 

昼頃に7、8人でぶらぶらと隅田川沿いを歩いたあと、

近所の友人夫婦宅で酒を飲むことにした。

友人夫婦の住む一軒家は古い家で、普段は使っていないという2階の空き部屋に

座卓を運び、みんなで浅草近辺で買った惣菜などを肴に酒を飲み始めた。

その2階の空き部屋には、向かいの道に面して大きな窓があって、柔らかな春の陽が入ってきた。

 

まだ、缶ビールを一本も空けてない時分に僕の彼女(←のちの僕の妻)が言った。

「あれ? 窓、いま、開かなかった?」

「ん? どういうこと?」

僕は少しだけ開いている窓を見る。

向かいの道に面した2階の窓はスライドさせるタイプで、

サッシも古くてずいぶんと重そうだ。外側には網戸がある。

「あれ? さっき、寒いから私、窓、閉めたよ」

と住人である友人が言い、ずずずっと音を立てながら窓を閉める。

「なんで開いてんだろう」

 

と、そこからがすごかった。

しばらくすると、突然、

窓が勝手にスライドして開いた。

すっと、わずかに……。

なんてものじゃなく。

ずずずっずーーーっ! と勢いよく堂々と開く。

座卓を囲んでいたみんなが目を丸くする。

「うわーっ、なにこれ!?」

不思議なのは、こんなとんでもない超常現象を

目の当たりにしているのに怖くない。

しばらくあっけにとられていたが、

寒いこともあり、住人としての責任感からか

開いた窓をいささかびくびくしながら友人が閉める。

 

だがしばらくすると、

ずずーっ! と窓が再び開く。

「こういうこと、よくあるの?」

「あるわけないでしょ」

「でも、普段、この部屋使ってないからなあ」

そんなことを話していると今度は

すこーーん! と窓の外側の網戸がスライドする。

今度は開いていた窓が勝手に閉まる。

 

そんなことが5、6回起きた。

僕たちは窓が動くことを待ちながら宴を続けた。

住人、もしくは参加者の中に悪戯な人間がいて、

僕たちを驚かして楽しんでいるのではないか。

もちろん、そのようなことも考えたが、

あの古くて重い窓を一体、どうやってみんなが見ている中、

自動ドアのように動かせるというのだろう。

悪戯であったとしても、すごい。

 

とんでもない超常現象を目の当たりにしながら、

なぜか、まったく怖くなかった。

むしろ、部屋の空気は明るかった。

どこか朗らかだった。

「この家の神様が久しぶりに人が集まってきたから、

喜んでるんじゃないの」

「きっと座敷童子だよ、嬉しくてはしゃいでいるんだ」

僕たちはその神様か座敷童子に宴に参加してもらえるよう、

窓に近い座卓の席に、ジュースを注いだグラスを置いた。

 

いまでもあの時のことを思い出しては、

あれはなんだったのだろうと思うときがある。

僕たちの暮らしている世界は、

実は僕たちが思っているような世界ではないのかもしれない。

あの日以来、僕は自分の知らない世界、信じられない世界に対する

寛容度が上がったような気がする。

一方的に否定することをしなくなった。

もしかしたら、そういうこともあるのかもしれない。

まずはそう思うようになった。

信じられないような不思議なことが、この世界のどこかで起きている。

誰も気づいていないかもしれないけど。

 

いまでは、あの古い一軒家は取り壊され、

新しいぴかぴかの家が建っている。

その綺麗な家には友人夫婦が仲良く家族で住んでいる。

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