リレーコラムについて

「幸せ」の正体とは、いったいなんのか。

福永琢磨

おはようございます。

私が担当するリレーコラムも最終日になりました。

一週間お付き合いくださり、ありがとうございました。

 

今日は何について書こうか、考えながら、書いていきます。

最近、Z世代の若者たちの生声を聞く機会があったので、その辺りのことを。

 

私は1971年に生まれました。

当時の教育の中では、今よりももっと克明に

先の戦争の悲惨さに関して教育され、

今の日本には平和憲法があるから、

キミたちが戦争に行くことはないんだよ、と教えられました。

 

日本に生まれてよかったと、何度も思いました。

 

もっと前の時代に生まれていたら、戦争に行かされていた。

赤紙ひとつで兵隊にさせられ、戦場へ送られた。

でも、今はもうそういうことはない。今の時代に生まれてよかった。

 

たびたび、そう思ったものです。

 

しかし、50年とちょっとの時間を生きてみた結果、

今の時代がすごくいいのかといえば、ちょっとわからないというのが本音です。

 

私が社会に出た時期から日本の景気は後退し、

未来への漠然とした不安が生まれました。

Z世代と呼ばれる若者たちに至っては

生まれてから一度も好景気というものを知らない状態です。

 

彼らの声をきけば、未来に対する希望が聞こえてこない。

モノは溢れているし暮らしは便利。

スマホもあるし、一応、平和でもある。

けれど、希望はない。目標もとくに持てない。

この真綿で首を絞められるような閉塞感の苦しみは、

自覚しているかはわかりませんが、かなり苦しいのではないでしょうか。

 

今の若者たちを批判しているのではなく、

これらは私たちオトナがつくってきたこの国の社会が生み出した現象であり、

彼らの思考はその環境のアウトプットです。

 

彼らは変化を望まず、

せめて今、手の中にあるものを維持したいと必死です。

そして、自分ではない誰かが問題を解決することを潜在的に願っています。

 

そんな気持ちで若い時代を過ごすことは、

とても苦しいことだと思うんですね。

 

今の時代も、人々は苦しいのです。

戦前とはちがう種類の苦しみですが、苦しみはある。

いや、いつの時代でも、生きるのは同じくらい苦しいのかも知れませんね。

 

それでも、この先の日本や世界の未来を考えるとき、

私たちが子どもの頃にそこはかとなく感じていたような未来に対する明るさが、

今はあまり感じられないことを放置すべきじゃないと思っています。

 

デジタル技術はこれからも進化するのでしょう。

AIは人間そのものの在り方を変えていくかも知れません。

それらの変化は、洗濯板が洗濯機に変わったような、シンプルな出来事ではありません。

 

人々は自分で考えるということを手放し、

もっと他者に頼るようになっていきます。

 

でも、人間の心の満足は「主体性」がカギだということも

近年の研究でわかってきています。

 

主体性というのは、自主性ともちょっとちがっていて、

どんなことであっても自分ごと化して、考えたり、判断したり、行動する心のスキルです。

やらされているのではなく、目的意識を持って自分でやるという在り方ですね。

これが「生き甲斐」の原因だということがわかってきた。

 

極論で言えば、幸せの正体とは、

自分のアタマで考えることなのです。

 

その力をつける必要があるということですね。

 

日本の公園や大衆浴場などでは、

あれはダメ、これはするな、と禁止事項が列挙してあります。

あまりにもルールで縛ることは、自分で考える機会を奪うだけでなく、

他者を迷惑な存在と思うようにさせます。

そしてそれを排除することで平穏を保とうとする世の中を、

私たちは必死で作ってきました。

 

でも、やっていいことといけないことは、

本来は自分のアタマで考えるべきことです。

人のせいにせず、自分で考えることによって、

他の人のことを思いやったり想像したりするスキルを身につけていくのだと思います。

 

せっかくのコラムなのに、

こんなお説教っぽいことを読みたくない人が多いかも知れませんね。

すみません。

福永という人間は、こんな小難しいことを考えていて、

さぞ苦しかろうと思われてしまったかも知れません。

 

しかし、私自身はとても楽しくて、

自分でも信じられないくらいイキイキしています。

 

それは多分、こんなことを主体的に自分で考えているからだと

最近、わかってきました。

 

毎日が発見であり、成長ですね。

 

これまで広告は、「解」を提示することや、

「わかりやすさ」をひたすらに重視してきましたが、

そろそろ、そういう時代を終わらせて、

人々に自分で考えるきっかけとなるような、

あるいは一緒に考えていけるような、

人々の主体性に火をつけられるような、

そういう言葉を世に送り出せたら素晴らしいなと、今は思っています。

 

あくまでも、個人の目標ですが。

 

私のリレーコラムもこれでおしまいです。

一週間、お付き合いくださった皆さま、ありがとうございました。

 

来週からはTCC新人賞同期の忽那治郎さんが書いてくださります。

忽那さん、ありがとうございます。とても楽しみです。

 

今日は東京は雨模様ですね。

皆さま、足元にお気をつけて。

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