ワンワードの力
今年のカンヌでは、
フェスティバルが開かれている5日間
毎日セミナーやワークショップがあり、
その数は200を超えていました。
最近はこれを目当てに参加する人も多いと聞きます。
平均すると1日に40。
それらは複数の会場で同時多発的に開催されるため
すべてを見ることは不可能で、
スケジュールを見ながら希望の回を
選んで参加することになります。
人気のものには長蛇の列ができます。
今年の「シークレットスピーカー」で登壇した
イーロン・マスクとWPPのCEOとの対談は
いちばん大きな会場で開かれたにもかかわらず
それでも入りきらなかったそうで、
別会場も用意され、そこのビジョンに映された中継を
パブリックビューイングのように見た人もいたそうです。
(僕は参加できませんでした)
大人気だったセミナーは他にもたくさんあり、
そのひとつに、アルゼンチンの独立系エージェンシー
「GUT(ガット)」によるものがありました。
GUTはさまざまな仕事でここ数年
世界中から注目されており、
去年のカンヌでは35も受賞。
セミナーは去年も実施され人気だったようで、
今年も人気のひとつとなりました。
そうと聞きそれなりには並びましたが、
幸いこちらはイーロン・マスクほどではなかったようで
無事に参加することができました。
セミナーの時間は30分ほどでしたが、
創業者2名によるちょっと漫才のようなプレゼンは
とても上手く、おもしろく、非常に内容の濃いものでした。
僕がこのセミナーでいちばん心に残ったのは、
象徴的なブランドには、
象徴的なワンワードがある。
というもので、たとえば
ディズニーは「マジック」
レッドブルは「アドレナリン」
アップルは「クリエイティビティー」
キットカットは「ブレイク」
などの例が挙げられていました。
これを聞いて、
「この話、ずっと前にも触れたことがあるぞ…」と、
ある本のことを思い出しました。
それは「マーケティング22の法則」というタイトルで、
20代のとき僕の師匠である望月和人さんから
「すごく勉強になるから何度も読むといいよ」
と薦められたものです。
僕はこの本から大いに影響を受けたのですが、
ここには、GUTと同じように
優れたブランドは、
ある一つの言葉を獲得している。
という一節がありました。
そこにもブランドの事例が具体的に出ていましたが、
同じ自動車メーカーであっても
獲得しているワンワードは各社で異なる、
というところが印象的でした。
メルセデスは「技術」
ボルボは「安全性」
BMWは「走行性」
なるほどな…
だからCMやグラフィック、コピーには
ある種の統一感があったんだと納得しました。
この本はアル・ライズとジャック・トラウトという
2人のマーケティング戦略家によって書かれた、
今から30年も前に発表されたものです。
GUTの2人もどこかでこれを読んだのでは…
と思っていると、彼らの話はさらに続きました。
そうしたワンワードは、
ブランドだけでなく個人にもある。
「人」もまたブランドなのだから、
あなたにも、あなたのワンワードがある。
「…おお、この話も聞いたことがあるぞ」と、
また望月さんのことを思い出しました。
20年前の望月さんは、
「矢谷、ブランドと同じように、おまえも一つの言葉で表せた方がいい」
と教えてくれました。目の前で話すGUTと同じです。
当時はまだ広告批評が休刊になる前で、望月さんは
巻末にあった広告学校の生徒募集のページを開いて、
「講師陣たちの講義タイトルを見ると、
それぞれの人がどんなワードを獲得しているかわかるだろ?
ほら、「面白い」「言葉」「アイデア」「キャンペーン」「編集」…
仮に矢谷がここに並んだとしたら、
どんなワードになるかを考えてみな」
とも言われたのです。
この教えは、その後の僕がどういう
コピーライターや制作者を目指せばいいのかを
考える指針になりましたし、いま思えば、
望月さん自身もこうしたワンワードとともに
その後のいろいろな活動をしてこられたんだな、と感じます。
5年ぶりにカンヌに行ったことで、
日本で受賞作を見たり、現地レポートを読んだり、
行った人からの話を聞いたりするだけではない、
「全身での体験」ができたなと思います。
「世界の今を知る」という外部からの刺激はもちろん、
「これまで見聞きしたことを思い出す」といった、
内省的な刺激も多く受けてきました。
次週は、そんなカンヌで久しぶりにお会いし
いろいろとお話しすることができた、
こやま淳子さんにバトンを渡したいと思います。
偶然ですが、こやまさんのリレーコラムは
初回が2004年、2回目が2014年、
そして今回が2024年と、
ちょうど10年おきとなるようです。
こやまさん、よろしくお願いします!
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