リレーコラムについて

境界線(男と女)・ボツ原稿

鈴木聡

「境界線を越える」というテーマで書いてきたリレーコラムも、もう木曜日。

月曜日は、酒で境界線を越えた、しょーもない話を書いた。

水曜日は、イスラエルとパレスチナの境界線を越えた、シリアスな話を書いた。

実は、火曜日、投稿せずにボツにしたコラムがあった。題名は「境界線(男と女)」だ。

ボツにしたのだが、この数日ずっと「ボツ原稿」の叫びが聞こえて、仕事が手につかない。「みんなに読んでほしいよ。僕はボツ原稿だけど、このまま誰にも知られないまま、埋もれたくないよ」と叫んでいる。ボツ原稿にはボツ原稿なりに生まれて来た理由があるのではかいかと思い直し、供養のため投稿することにします。

 

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はじめて女装をしたときの話です。

昨日のコラムで「境界線を越える」ことが自分の人生のテーマな気がする、と書いたが、今日は、僕の中の、あやふやな男性性と女性性の境界線の話です。

もう十年以上前になるが、タイのホテルで世界中から200人ぐらいが集まるパーティーに参加したときのことだ。余興で仮装パーティが開かれることになっていた。一緒に参加する人から「女装してみたら?」と提案された。最初「えー!嫌ですよぉ」と抵抗したのだが、正確に言えば、それは抵抗するそぶりで、本当は(え?女装?してみたい・・・!)と心の奥底に火がつくのを感じた。

子どものころから、男の子と遊ぶより、女の子と遊んでいる方がシックリしていて、もしかしたら、自分は女の子になりたい願望があるのかもしれないと思っていた。

仮装パーティーの夜。宴会場の一角が、メイクアップコーナーになった。化粧は女性にしてもらう。「目をつぶって」と言われ、アゴをくいっとされ、ファンデーションをパタパタと叩かれる。僕は「えー、やっぱりイヤだなぁ」と、本当は化粧なんてしたくないのに風を装ったが、本当は、どれだけキレイに変身できるかドキドキしていた。途中、「時間もないし、付けまつ毛とかもないから、簡易的なお化粧ね」と言われ、「はい、もちろん、テキトーで」と答えたが、本当は、(ちゃんとキレイにしてほしいのに!)と不満だった。ふつふつとキレイになりたい願望が湧き上がっていた。

当日、女装をする男性が結構いて、さまざまな男性が、女性にお化粧をしてもらっていた。ほとんどが笑っちゃう感じだったが、なかには、やたらキレイに仕上がっている男性もいた。それを見て、メラメラと嫉妬の感情も芽生えた。あの娘よりキレイになりたい・・・。中島みゆきの「化粧」だ。

化粧なんてどうでもいいと思ってきたけれど せめて今夜だけでも きれいになりたい・・・

バカだね バカだね バカのくせに 愛してもらえるつもりでいたなんて

そうこうするうちに化粧がしあがった。「はい、完成!」と言われ、おそるおそる鏡を見た。キレイだと思った。なんなら、かなり色っぽいと思った。妖艶ですらあった。鏡を見ながら「やばいっすねー!」と謙遜したが、本当はまんざらでもなかった。化粧をしてくれた女性が「すごくキレイよ~」と言ってくれことも聞き逃さなかった。

化粧を終えた後、一旦ホテルの部屋に戻った。ドンキで買ったキャバ嬢の衣装に着替えるために。パンツ一丁になって、網タイツを履く。網網の部分が太腿の肉を圧迫する感じが、女性になった自覚を強くする。ただスネ毛が網網から飛び出しているのは、いただけなかった。こんなにキレイなアタシに似つかわしくないと思った。剃るか?いっちゃうか?しかし、スネ毛を剃ったら、今度は身体中の毛が気になって、全身剃らないと気が済まなくなる感じがした。異国の地で、背中の毛や、ヨガのポーズでもしないと剃れないような部分の毛を剃ってるうちに、パーティが終わってしまったら、そのあと、僕はどうすればいいのだろう?それは避けたかった。スネ毛を剃るのは、泣く泣く諦めた。ミニスカートを履いた。なんとも心細い。しかし自然と身のこなしが女性っぽくなった。ティッシュペーパーで胸をつくり、金髪のかつらをかぶった。姿見に写った自分に、驚いた。本当にキレイだったのだ。

 

結論を言おう。仮装パーティで、モテにモテた。

2人の男性から、部屋に来ないかと誘われた。

冗談だったのかもしれない。でも僕は(アタシは)満足していた。

 

僕は、1990年代、大学生だった頃に入った駒沢公園の公衆トイレを思い出していた。

鬱蒼と茂る森の一番奥にあったトイレだった。日が暮れ、人気がなく怖かった。扇形の空間の壁に10個以上の小便器が並んでいた。僕は、真ん中の小便器を選んだ。用を足し始めるとすぐに、誰かがトイレに入って来た。(え?トイレに入る時、あたりに誰もいなかったのに!)一番左か、一番右の小便器を選ぶかと思っていたが、その男性は僕の真隣に来た。真っ暗なトイレでふたりっきり。その男性は、チャックを開けることもなく、グイッと首をひねり、僕の大事な部分をじっと見つめた。勢いよく用を足していたので、逃げることもできなかった。あとで知ったのだが、そこは有名なハッテン場だった。「誘われたら、どうしよう!」僕はドキドキした。しかし、その男性は、最後まで僕が用を足すのを見終えることなく、途中で何も言わずに、出て行ってしまった。その時、僕は「ああ、よかった」と思うはずだった。しかし、そのとき生まれた気持ちは違っていた。「え?失格なの?」だった。

 

アタシは、いま、タイのホテルで、男性2人に誘われている。

二十年の時を経て、リベンジを果たせたのだ。

アタシの美貌で、2人の男が、私の虜になっている。

アタシは、失格ではない。合格なんだ!

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以上が、火曜日に書いたボツ原稿である。

ボツにした理由は下記である。

 

1 時代を間違えている。

女装・痴漢など、不適切にもほどがある感のある題材のわりに、いまいち面白くならなかった。

2 発表の場を間違えている。

飲み屋でするような話を、TCCのリレーコラムで書いてどうする??

3 長い。

タイパ重視の時代だ。意味のある文章なら長くてもいいかもしれないが、このしょーもない話で、読者の時間を奪ってどうする?

4 嘘をついている。

女装の経験談をダラダラ書いていてオチがないことに気づき、無理やり大学時代に遭遇した痴漢のエピソードを足して、なんとかオチにした。文中では、仮装パーティの間に、大学時代の話を思い出したと書いたが、それは嘘である。そういう嘘はバレる。

 

などなど、他にもボツにした理由はたくさんある。

30年以上、クリエーティブ人生をつづけけてきたが、いまだに失敗の繰り返しである。

こんなときは、岡本太郎の名言を思い出して、自分を励ます。

 

迷ったら、失敗する可能性が高い方、自分がダメになる方を選べ。

そうするとエネルギーが湧いてくる。

 

エネルギーだけは湧いてきた。

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