祖父の葬儀
引っ込み思案が遺伝しているとしたら、
私も父母の影響を受けているはずだ。
だが、父は学生時代に生徒会長をしていたらしいし、
母はスナックで堂々とピンクレディーを振り付きで歌える。
でも、父に少し片鱗が見えたことがあった。
祖父の葬儀での出来事だ。
もちろん喪主となる父には挨拶が待っている。
祖父の死に悲しむ暇もなく、
喪主の挨拶にプレッシャーを感じていた。
その証拠に、歩きながら何度も
台本を読み返していたのだ。
かわいいやつめ。
その日は大雨だった。
そのため、父の台本にも修正が入る。
元々の冒頭はテンプレート通りだ。
ー 本日はお忙しい中、父○○の葬儀にご参列いただき、
ー 誠にありがとうございます。長男の○○でございます。
ー 遺族、親戚を代表いたしまして、ごあいさつ申し上げます。
この当たり障りないこの文章は、
「今晩はお足元の悪い中」
と冒頭だけ修正された。
この修正が悲劇を招く。
悲しみに包まれている葬儀の中、
ついに父の出番がやってくる。
ちゃんと緊張している。
でも、空(そら)で挨拶するわけではない。
原稿を読むのである。
小さく折り畳まれた原稿をスーツの内ポケットから取り出すとき、
父の手は震えていた。
悲しみで震えているわけではないことは明らかだった。
鎮まり帰る葬儀場。
そこに父の第一声が沈黙を破る。
*
*
*
「こんばんはー!!!」
*
*
*
参列者全員が戸惑った。
葬儀の場とは思えないほどの元気な声量が響きわたる。
しかも困ったことに、「こんばんはー!!!」のアンサーを
タモリさんみたいに参列者に求めているのだ。
親族だけでなく、スタッフも含めたその場にいた全員が
肩をゆらして、声を出さないように笑いをおしこらえていた。
返事がないことに諦めたのか、
頬を赤くした父は何事もなかったかのように続けるのであった。
「お足元の悪い中」