関西電気保安協会職員の困惑 第六話「電気安全調査センター 杉村幸太郎の困惑」
杉村幸太郎は困惑していた。
「え、お父さんCMに出たん。」
そう言ったのは娘の美咲だった。
この春から東京の大学へ進学し、一人暮らしを始めたばかりだ。
たまの休みに帰ってくるが幸太郎と話すことはほぼない。
母親とはスマホでメッセージのやりとりをしているようだが
幸太郎に何か送ってくることもない。
「うん。テレビじゃなくてネットの方だ。」
「え、恥ずかしいやつじゃないやんな。」
美咲のトーンには父親のウェブCM出演を歓迎している気配が微塵も感じられない。
「そういうのじゃないよ。」幸太郎は弁解のように答えた。
「ふーん。」
美咲はそれだけ言うとスマホに目を移した。
幸太郎はなんだか悪いことをしたような気分になる。
幸太郎の『そういうの』とは美咲が子供の頃にやっていた保安協会のCMのことだ。
職員が素人らしい演技で笑わせる、関西ならではのとぼけた味わいのCMだ。
ただ子供心にはあまり嬉しくなかったのだろう。
美咲の気持ちを汲んだわけでもないだろうが、最近はストーリー仕立てだったり、
SFチックだったりと新しいCMに変わってきていた。
幸太郎も長年、保安協会で働いているがCMに出演するのは初めてだった。
幸太郎の配役は『真剣に仕事をする職員F』である。
人を笑わせるような演技は無理だが、いつも通りに仕事をするだけなら
自分にもできるだろう。幸太郎はそう思って出演依頼を引き受けた。
幸太郎の仕事は一般の家庭を訪問し
分電盤や配線といった電気設備の安全調査をすることだ。
ほとんどの家は問題ないが、だからこそ異常を見逃さないように心がけている。
こんなご時世にどこに行っても不審の目を向けられないのは
CMのおかげもあるのだろうと幸太郎は思っている。
「出ない方がよかったんやろか。」
美咲が帰った後、幸太郎は妻の明子に言った。
「私は好きやけど。」明子はそう言うが、美咲の反応は気になる。
父親が仕事をする姿は娘の目にどう映るだろう。
二日ほどして美咲から幸太郎に
『七十点』とだけメッセージが来た。
及第点は何点なのか聞きたい気持ちを抑えて、
幸太郎は『そうか』とだけ返した。
電気を守る。
関西を守る。
それが本職。
NO.2023402
広告主 | 関西電気保安協会 |
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受賞 | |
業種 | 精密機器・産業資材・住宅・不動産 |
媒体 | 新聞 |
コピーライター | 細田佳宏 |
掲載年度 | 2023年 |
掲載ページ | 415 |