たなかま
「たなかま」と呼ばれている。田中雅之(たなかまさゆき)の最初の4文字を取ったもので、これが意外と定着した。考えてみると、最初にこの呼ばれ方をしてからもう10年余りが経つ。
きっかけは田中大地くんだった。ビーコンという会社に勤めていた頃、同じプロジェクトに僕と大地くんというW田中がアサインされた。しかも同じコピーライターとして。そうなると当然問題になるのが、2人の田中をどう呼び分けるかだ。よりによって両方ともコピーライターだし、「ADの田中」みたいに区別することもできないし。そこで「たなかま」が採用されたわけだけど、急に降って湧いた呼び名ではない。
もうひとつのきっかけはドラクエだ。当時というかその少し前ドラクエ9にハマっていて、僕よりちょっと遅れて始めたCDのレベル上げを協力プレイでよく手伝っていた。そのドラクエの中での僕の名前がまさに「たなかま」だった。何のことはない。昔のドラクエは主人公の名前を4文字までしか入力できなかったから適当に「たなかま」にしただけのやっつけネーミング。だけどそのことをCDが思い出し、「じゃあこっちの世界のお前もたなかまって呼ぼう」的なことを言い出した。CDの影響力というのは大きくて、気がつくとチームの関係者だけじゃなくあちこちでそう呼ばれるようになった。かくして、たなかまが誕生した。
ちなみにその法則でいくと田中大地くんは「たなかだ」になるわけだけど、普通に下の名前で呼ばれていた。そりゃそうだ。大地って個性的だし、呼びやすいし。でもそっちが「大地」と呼ばれるなら、こっちは「田中」のままでもよかったやないか。と今でもつっこみたくなる。が、結果的にはよかった。というかめっちゃよかった。個性的な名前ずるい。うらやましい。苗字が普通なんやから、下の名前くらいはエッジを立たせたろとなんで親は考えてくれへんかったんや。「田中雅之」で検索したら、なんぼでも同姓同名がヒットするやないか。何やったらそのトップにはクリスタルキングの田中雅之さんが鎮座してはるやないか。わざわざ田中「昌之」から「雅之」に改名しはった彼が。てことはこの名前でのし上がるには少なくともクリキン超えなあかんやないか。みたいなことを悶々と考えながら生きてきた僕にとって、「たなかま」は革命だった。
「たなか」にたった一文字加えただけなのに、なんと個性的になったことか。誰とも被らない。孤高のオンリーワンを図らずも手に入れた。田中という平凡を鮮やかに蹴散らすような「たなかま」の清々しさと言ったらもう。よくよく考えると「田中」のこの退屈な感じはなんだ。左右対称で、正方形と直線だけで構成された遊びのなさ。面白みのかけらもない、平凡中の平凡。平凡・オブ・ヘイボーン。ワンオブザヘイボネスト。それに比べて「たなかま」の持つひと手間かけた感。決して飾りすぎではなく、あくまで定番なんだけどその中にワンポイントだけさりげなく主張するひとつ上のおしゃれ感。音もいい。口にするとつい頬が緩むようなチャーミングさもある。もしかするとこれは「カニかま」の持つ可愛らしいイメージの恩恵を受けているのかもしれない。あるいは「ぶりかま」的な、ちょっといぶし銀な響きすらあるような。
盲点だった。「たなかま」をもっと人生の初期段階から導入すればよかった。クリエイティブのような目立つことがそこそこ重要な職種において、「田中」はハンデみたいなものだったし。何だったらTCC会員で最も多い苗字も田中だったはずだ(2年くらい前に調べた記憶によると)。全国では4番目に多い苗字なんだけど、よりによってTCCでは最も平凡という悪夢。もっと佐藤さんや鈴木さんや高橋さんに新人賞を獲っていただかないとだ。まあとにかくそんなわけで僕は、「たなかま」を気に入っている。ありがとう大地くん。ありがとうドラクエ。
そんな「たなかま」にも、暗雲が立ち込めた時期があった。R/GAという会社に転職した時のことだ。そこでは英語が公用語だったりしたので、「プリーズコールミー・タナカマ」と挨拶した。ところが、まさかのまさか。「タナカマ」の先客が存在した。
彼女は「タナカ・マサ」という名前で、漢字も「田中雅」。ほぼ一致。こんなことあるか。たった20名程度の、日本人だけなら10数名しかいないオフィスでこんな偶然が起きていいのか。ただし彼女は「マサ」と呼ばれていたから「タナカマ」は実質的には空いていた。なのに「君がタナカマなら、彼女だってタナカマじゃないか」とかいう謎の理屈で却下された。これが欧米人特有のロジカルシンキングってやつかよ。やれやれだぜ。そんなこんなで、R/GA時代の僕は「たなかま」ではなく、「マサツー」と呼ばれることになった。先客の「マサ」に対し、僕は「マサ2」というロジックらしい。やれやれだぜ。
だけどマサツー時代は長くは続かなかった。1年足らずでまた転職し、電通というどでかい会社に入ることになった。300人規模のビーコン→30人規模のR/GAときて、いきなり1万人近い規模の組織に入ってしまったわけなので、確かめずにはいられなかった。恐る恐る社内のイントラネット的なもので検索してみると…嫌な予感は的中した。ジーザス。社内にいる田中さんの数、299件。299ヒット。いや待てよ。299はキリが良すぎないか。もしかしてこのシステムで検索できる上限は299でカンストしていて、実際には300、いや500超の田中さんが潜んでいる可能性すらないか。どうする。それでも無難にワンオブ田中さんとして生きていくか。それともマサツーを継続するか。今考えたら「マサツーが電通に入ったからマサ通です」みたいな道もあったかもしれない。いやないか。また転職することになったらどうする。マサツーディケイしか道はなくな・・・
そんなこんなで1年ばかりのブランクを挟んで「たなかま」は復活を遂げ、現在に至る。先週の石山さんのコラム上でついに全国デビューまで果たして。というわけで、改めまして。たなかまです。1週間よろしくお願いします。
追伸:
石山さんが「〇〇な男(女)」シリーズでオシャレにタイトルを揃えていたことに気づくと同時に、コラムが4回分しかないぞ、リレーコラムは5日間連載じゃないの?なんて思っていたら、先週の月曜は祝日だったのか。ずるい男!幻の5日目のタイトルは「ずるい男」で決まりやん!なんて思っていたら、自分もちゃっかり月曜をすっ飛ばしてしまいました。ごめんなさい。今日からがんばります。
(このコラムのタイトル、「ずるい男」にすればよかった)