リレーコラムについて

長男という名前で

田中麻子

きょうはきょうの風が吹く。朝、春の嵐の音を聞きながら、お抹茶を飲んでいると、長男と目が合った。飲み終わるまで見つめていたら、どうしてもその長男のことを話したくなってしまった。といっても、鉄瓶のことなんですけどね。

毎日、朝ごはんの後にお抹茶を飲む。朝と3時のおやつはお抹茶、そんな両親の習慣がいつのまにか、わたしにもうつっていた。点て方も実家のスタイルそのままに、ヤカンから直接茶わんにお湯を注ぎ、つやつやの細かい泡がきれいに、ふわっと浮きたつまでシャカシャカするだけの、盆点てと呼ばれる方法。コーヒーをいれるよりも簡単に、おいしいお茶ができあがる。

去年の暮れデパートで偶然、南部鉄器フェアの前を通りがかったとき、そこに並んでいた鉄瓶のひとつに目がはりついた。それは、渋くってモダンで、佇まいがなんだかハンサムなのだ。値札を見て、一瞬ステンレスのヤカンが何個買えるか頭に浮かんだけれど。鉄瓶は手入れが面倒だと、聞いた話を思い出したけれど。盛岡から来た鉄器売りのおばちゃんの、強烈ななまりを聞いたとたん、わたしは「これ、ちょうだい」といっていた。

新しい鉄瓶はまず、内側に湯アカをつけるための慣らしをする。湯アカがつくことで鉄サビが出にくく、まろやかな湯が沸くようになるという。そこでわたしは早く湯アカがつくように、茶殻をいれ弱火でジワジワ煮つめることを繰り返した。そしていつも、鉄瓶に炒めものの油が飛ばないように、大鍋をぶつけないようにと気をもんだ。こうして3日間の慣らしが終わり、「風雅な光沢が」でるとお手入れ方法のしおりに書いてあった通りに、表面を濡れ布巾で軽くはたいていた。そのときふと、こいつは長男だ、銘を「長男」にしようと思いついた。

はじめて子どもが生まれたら、この鉄瓶のように思いっきり手をかけるんじゃないかな…子どものいないわたしは、そんな風に連想したわけ。鉄だから、もちろん男。長男である。そしてその長男の口から注がれる、ほんのり鉄色したお湯で点てるお抹茶の味は、これはもう、親バカになるからやめておく。

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