ある日曜日のこと。(つづき)
ホームをダッシュで横切って反対側の線路に飛び落ちた、おじさん。血は出ていないように見える。でも、ぴくりとも動かない。駅員も緊張しているのだろう。4人ほどが集まってきたけれど、顔色が青い。ホームから約1.5mほど下におじさんは横たわっている。それを野次馬たちがのぞき込んでいる。もちろん僕もその一人だ。なんだか風景が止まってしまっていて、スチール写真を見ているようだった。
映画ならここで、男がホームにさっと飛び降りて、おじさんを助け起こすのだろう。
(織田裕二が、光石研を抱き起こして叫ぶ。「お医者さんは、いらっしゃいませんか」)
でも、現実の世界では、誰も動かない。人として、動くべきであることは頭でわかっていても。誰も動けない。
それからどうなったか。おじさんのその後を僕は知らない。織田裕二になれない人が、いつまでいてもしょうがないだろう。少し情けないような、そんな気がして野次馬をやめてしまったのだ。正義漢ぶるつもりはないけれど、ケガをしている人をこれ以上見ているのもつらかった。
家への道すがら考えたことは、申し訳ないけれど、おじさんの安否ではなかった。
それより気になったのは、おじさんのダッシュだった。酔っぱらって走ったにしては速すぎた。足取りもしっかりしているように見えたし。目的のある動きにすら感じた。どこかへ行くつもりだったのじゃなかろうか。どこへ?
仮に自殺しようとしたのなら、電車の来ない線路へ飛び込むだろうか。ちょっと間が抜けすぎてないか。酔っぱらっていたといってしまえばそれまでだが。
飛びたかっただけじゃないのか。会社でイヤなことがあって、家に帰るのもつらくて。酒を飲んで酔っぱらって、いきなり高校時代にやっていた走り高跳びを思い出したのじゃないか。とかとか。家についてその話を家族にしたが、驚きはしたが、それ以上の盛り上がりはなかった。
でも、ホームから落ちた人を助けようとして犠牲になった人がいたが、あの勇気の凄まじさが、自分なりにリアルになった。そんな日曜日でもあった。