築地の場内。
岩崎俊一
さて、築地の朝ごはんの話である。
いまでは知る人も多くなったが、築地の場内は、僕たち「素人」が入ってもいいトコロなのである。正門前には警備員の詰所があり、常時目を光らせているし、小さな自動荷車(あれ、正式にはどう呼ぶんでしょう)が行き交う風景は、荒っぽいプロのふんいきにあふれていて、ほら、あんたらの来る場所じゃねぇ、どいたどいた、と言われそうで、いままで近付かないでいたんだけれど。てわけで、たぶん働く人には邪魔者なんだろうが、観光ガイドを片手にゾロゾロ歩く観光客(外人も大勢いる)を横目に、せっせと通っているわけだ。
さて、僕が常連になったのは和食の「高はし」という店で、穴子のやわらか煮、あんこう煮が有名であるが、刺身も焼魚も野菜類も、いやはや、すこぶるうまい。
世界でいちばん朝メシがうまい場所。きっと築地はそうである。どんな高級ホテルも、名門旅館も、料理上手な家庭の朝食も、ここほどはうまくないであろう。
だって、ここは「朝メシ」じゃない。「晩メシ」だもの。みんな日付が変わる頃から働いて、やっと仕事を終えて、風呂こそ入らないものの、やれやれお疲れさん、今日もよく働いたわい、とさんざんからだを動かした末の食事。銀だら西京焼やら、めばるの煮つけやら、牛肉豆腐やら、カキのバター炒めやら、魚汁やら、手をかけたメニューがあたりまえに出てくるのである。寝ぼけまなこで作った「ふつうの朝メシ」がかなうわけがない。
ま、気が向いたら、ぜひ行ってください。罪悪感なく朝からビールが飲めるのは、都内じゃここぐらいじゃないかしら。
海外に行くのは好きだけれど、ただひとつ、食事は日本にいる時に比べて、よくて同等、ほとんどはまずくなる、という覚悟がいる。おいしいものを知る、ということは、案外不幸なことなのかも知れない。
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