夏
寒い夏だった。
夏休みも終わる頃になって、
ようやく晴れた日が続いた。
娘を連れて、プールに出かける。
娘は流れるプールが好きだった。
浮き輪につかまり、
彼女は水の一部になる。
雲のない空。
行き先を知らない時間。
やがて、休憩を告げる監視員の笛が鳴る。
ぼくはプールサイドで浮き輪を枕にして寝転がる。
私も、と言って
娘が隣で目を閉じる。
しあわせと名付けるのもためらわれるような
小さく、静かなしあわせ。
だけど、あのとき確かにぼくは
このまま世界が消えてもいいと感じていた。
太陽の匂い。
夏が体にしみこんでゆく。
再び、笛が鳴り
娘はプールに飛び込む。
小学校を卒業したら、
こうしてここに来ることもないだろう。
娘の濡れた肩を見て、
ふいにそんなことを思う。
なぜだろう。
娘との思い出は生まれた瞬間に
悲しみへと変わってゆく。
あの夏は、もう、言葉の中にしかない。