あの頃(3)
TCC新人賞の重みはコピーライター以外には
理解しがたいみたいで、
仲のよい演出家に
「なんでそんなに欲しいんですか?」と
いつも言われていた。
「べつにいいじゃないですか、そんな賞」
会社にいる10人のコピーライターの中で、
自分以外の9人がTCC会員。
という状況がずっと続いて、
その演出家と飲みに行くと、
必ず新人賞の話になった。
その時に勧められたのが、
増村保造の『偽大学生』という映画だった。
4浪した末に、またも大学に落ちた主人公が、
自分は本物の学生になったと思いこみ、
精神的におかしくなっていく話。
「蛭田さんは絶対観た方がいいですよ」
とその演出家はニヤッと笑った。
もうひとつ勧められたのが
丸谷才一の『笹まくら』という小説。
戦争中に徴兵を忌避したために、
戦後、周囲から蔑まれる男の話。
『偽大学生』はともかく、
(映画としては素晴らしい作品だった)
『笹まくら』を勧めてくれたその演出家には
今でも感謝している。
会社にいる10人のコピーライターの中で、
自分以外の9人がTCC会員。
という状況の中で僕はひとりだった。
でも、その本を読んで、
別にひとりでもいいやと思えるようになった。
ひとりという立場は弱いのではなく、
強いのだと思った。
今はもうあの頃のような状況ではなくなったけど、
ひとりぼっちは強いと、今でも思っている。
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