負け犬魂
営業への異動が決まってから、ようやく僕は10個ほど賞に入選した。TCC新人賞もそのひとつだし、海外の賞にも入選した。賞がすべてじゃないけど、異動が決定する前にこれらの結果が届いていたら、また状況は変わっていたかもしれない。
そんなこんなで関西へ。そして営業へ。
がむしゃらについていった。その全てが新鮮で、そして辛かった。僕は自分のこだわりを捨てた。素直さというか可愛さを意識し、クライアントの頭の中と同化することを心がけた。これまで軽視してきたことに徹底的に責任を持とうと思った。もうすぐ2年が経つ。若いクリエーターと仕事をすると昔の自分のように感じるときがある。嫌がるのが手に取るように分かるが、クライアントのためにコピーを修正させる。大人になったなあ、と思うときがある。それが良いのか悪いのかは分からない。けど、少なくとも今までになかった立ち位置でも見れるようになっていた。実は今年の1月再び転局試験を受けた。けれど筆記試験で不合格。自分のチカラが足りなかったと言われればそうかもしれないし、現所属局が出してくれなかったのか、東京CR局が早期の出戻りを許さなかったのか、真偽のほどは分からない。僕は相当のショックを受けた。自信はもちろんあったし、宣伝会議賞で協賛企業賞に入ったり、担当クライアントの原稿でFCC賞の審査員特別賞をもらったりしていたから。だけど、何かが届かなかった。人のせいにするのは簡単だし、それをしている限り、道は開けないだろう。誰もが納得せざるをえない状況を僕はたぶんまだつくれていない。この1年がきっと勝負になる。営業としても3年の経験。いい区切りだ。業務で何かできることもあるだろうし、業務以外でできることはそれこそ溢れかえっている。3年目で転局試験を受けた頃を思い出した。仕事が終わると映画を見て、お笑いビデオをレンタルし、ライブや演劇に出かけ、様々な本を読み、街に出、学校に通い、カンヌを研究し、色んな人たちと飲んだ日々を。営業をがむしゃらにやる一方で、僕の心はとても閉じられていた。目の前にあることに必死になりすぎていた。そうしないとついていけなかったから。だけど少し余裕も出てきた。もっと開こう。そして、来年最後の転局試験に挑もう。全力で。それでダメだったら、そのときは自分の心に素直に従えばいい。そのまま営業をやるか、会社の壁を越えてでも好きな仕事をやるか。
今、苦しい思いをしている若いクリエーターのみなさん。がんばりましょう。共に。自分の信じた道を全力で。道をはずすくらいで丁度いい。その方がきっと脚力もつく。そして、いつの日か同じ壇上で素敵な賞をもらえるといいですね。
以上。負け犬からのエールでした(電通にいるだけで負け犬じゃない、なんて意地悪なことは言わないでね)。
さて、次のコラムですが2006年に新人賞を取られた大日の佐藤延夫さんにお願いしました。僕の拙いラジオコピーを初めてカタチにしてくれた恩人です。後輩と一緒に寿ビデオもつくってくれました。大人であり、子どもでもある素敵な人です。期待しています。よろしくっす!
3892 | 2015.06.27 | 初めてのプロモーション |
3891 | 2015.06.26 | 最終日 |
3890 | 2015.06.23 | CD必要論 |
3889 | 2015.06.22 | 送別会 |
1924 | 2007.03.23 | 負け犬魂 |