兄
山本渉
人生で初めてつかれた嘘を僕ははっきりと覚えています。
幼稚園の時。お風呂で兄と石鹸の泡ではしゃいでいたら、「泡は金に換えてもらえるんだよ」とまったく意味のない嘘を兄は言いました。僕は無邪気に大喜びして泡を桶いっぱいに貯めたのですが、翌朝早起きして風呂場に行くと桶には濁った石鹸水があるだけ。時間が経って泡が消えただけなのに、当時の僕は「あわが(=お金が)ぬすまれた!」と大泣きしたものです。
という具合に、とにかく嘘というものを小さい時から叩き込んだのが兄です。基本的にはとても優しく、まじめで大人しく、弟思いの兄だったのですが、とにかく嘘が(言い方を代えれば話を作るのが)大好きな、想像力豊かな兄でした。
テレビも漫画もゲームも禁止の厳しい家だったので、兄が創るオリジナルゲームが唯一の遊び。これは兄にせがんでいつもやっていた遊びの一例です。
・ひもじいごっこ (押し入れにせんべい1枚だけを持って入り、「ひもじいよ」「ひもじいね」と言いながら貧乏人になりきってせんべいを分け合う。)
・有名人ゲーム (相手が指定した誰かになりきって会話する。「北の湖!」「中曽根!」といった感じに同時に指定し、どちらかがギブアップするまで話し続ける。)
・キン消し大河ドラマ (キン肉マン消しゴムのキャラクターを登場人物にして1時間くらいのストーリーを作って披露し合う。効果音や、音楽も自分でつける。)
こんな感じで話や台詞を即興で考えていくという訓練を小さい時から何十年もされてきたのは、今テレビやラジオの企画で役に立ってると言えるかもです。
ちなみに兄はストーリーメイキングの天才で、♪ターラーララーと兄が歌うクライマックスの効果音楽を聞きながら、キン消し大河ドラマにいつもぼろぼろと涙を流していたものです。
そんな仲の良かった兄との悲しい別れが中3の秋に訪れます。
神戸の大学へ進学し実家を出た兄を訪ねて関西に行った時のこと。小さい時から兄弟共通の趣味が競馬だったので菊花賞を二人で見に行きました。街のタバコ屋で競馬新聞を二つ(二人分)兄が買った時、その事件は起こりました。
東京では普通に新聞二つ渡して終わるところがそこはつっこみ文化の関西。
タバコ屋のおばちゃんは兄に向かって、「にいちゃん、なんで二つも買うねん!」とつっこみを入れたのです。その時です。それに対して兄はなんと、「おれ、二重人格やねん!」とどうしょうもないボケを躊躇することもなく言い放ったのです。
「お、おにいちゃん…」僕は持っていた財布を落としました。いつも冷静で、おとなしかった兄が、ハイテンションでしかも関西弁でボケている。「こんなのお兄ちゃんじゃない!」目の前で起こってる事実を受け入れられず、走ってその場を去りました。
大好きだった兄を失った忘れることのできない一言は、今でも夢にでてきてうなされます。「おれ、二重人格やねん、やねん、やねん、、、(←エコー)」
この直後、高校に入り引きこもりへの道を進んでいくのですが、この競馬新聞事件が影響しているのかもしれないし、していないのかもしれません。
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