カッコよくはないこと
半年前に、実家で飼っていた犬が死んでしまいました。
そして先週末、お骨を動物霊園に納めに行ってきました。
よく晴れた、梅雨の晴れ間の動物霊園。
そこで、ペットの遺品のお焚き上げに来ていた
別のご家族とすれ違いました。
持ち運ばれていたのは、すごく汚れた、ぬいぐるみでした。
仲良しだったんだろうな、その犬と、ぬいぐるみ。
可愛がられているぬいぐるみは、汚れています。
ウチのぬいぐるみも、汚れています。
きちんと説明をしますと、
ウチは夫婦ふたりで、犬も飼っていないのですが、
ウチのぬいぐるみは、とても汚れています。
いや別に僕は、ぬいぐるみ大好き!とかではなくて、
ただ好きなぬいぐるみのタイプが割とハッキリしていて、
3匹ほど持っていて、これ以上増やすと愛情が分散するので
絶対にやめようと決めていたりして、そのぬいぐるみを
まるで生きてるんじゃないかというくらいに複雑に操って、
それぞれの性格の微かな違いまで表現したりするのが、
人よりも上手いほうだ、というだけなんですけど、
気がつくと、すごく、汚れているのです。
で、汚れれば汚れるほど、可愛くなります。
鼻のアタマがうす黒くなったり、縫い目がほつれたり、
布地がはげたり破れたり中の綿がベロンと剥き出しになったりするほどに、
そして、その姿を見て胸がチクリと痛んだりするほどに、
ますます可愛くなってしまいます。
すみません、だんだん気が大きくなってきました。
そして、もしも万がイチ、手放さなければいけない日が来たとしたら、
それはしっかりと、精(しょう)抜きをしてあげないといけないな、
なんて静かに思い詰めていたりするのです。
TCC年鑑に載ってる村田葬儀社の、ぬいぐるみ供養の広告、
じつは涙が出そうになるくらい好きです。
さて、汚れたぬいぐるみを手放せない成人男性。
でも、結構いたりするんじゃないですか。いませんかね。
まあ、ぬいぐるみの話はどちらでもよいとします。
ただそんな、人に言うのが少し恥ずかしいような、
カッコよくはないこと。
何かしら、みんな抱えているのではないでしょうか。
そういうことを、なにかのチャンスに、
影響力あるコミュニケーションを通じて肯定してあげることができたら。
いまどきの物言わぬ少数派たちって、
いっせいに名乗りを上げ始めるのではないだろうか。
もしも、そんなことができたら、ものすごく楽しいだろうな。
という話でした。