リレーコラムについて

苦酸っぱい記憶。

清水清春

思い出したくない記憶ほど、いきなり突拍子もないタイミングで頭に浮かんでしまう。
みなさんそんな経験はないでしょうか。僕はあります。それもけっこう頻繁に。
しかも仕事の大失敗とか大失恋とかずん、と重たいことならまだしも、
なんだか微妙に恥ずかしい体験だったりするものですから、たちが悪い。
奥歯とほっぺたの内側の間に妙に苦酸っぱいものがきゅうとたまってきます。

で、そういうときに僕はどういう反応(というかほとんど反射)をするかというと、
「ちゅうことはやな」とか「でもなあれしとかんとな」とか「あああ〜おうおう〜」とか、
わけのわからんことを大きい声で口走っているのです。
それが街を歩いているときとかに突然出るもんだから大変です。
すれ違う人は3メートルあとずさり、交番のおまわりさんは棍棒を構え、
散歩の犬は吠えるどころかきゃいんきゃいん逃げ出します。

よく考えてみると、子どもが自分に都合の悪いことを聞きたくなくて
ぎゃーとか叫ぶ、あれと同じことなんだろうなと思いますが、
ひとつの自己逃避なんでしょうね。
じゃあその「ちゅうことはやな」と口走って逃げ出したくなるほど
微妙に恥ずかしい話は何なのだというと、これがほんとに微妙に恥ずかしくて
とてもここでは書けません。
代わりに、そこそこ恥ずかしい体験をお話しします。

2007年の夏までいた単身赴任の神戸時代のできごとです。
ある土曜日。
「それでも僕はやってない」を観ようと会社の近所の映画館に行きました。
開演まで30分ほどあったので、とりあえずチケット買って
ちょろっとメール確認だけ済ませとこうと思い会社に寄りました。

カードキーでオフィスに入って荷物を置くやいなや、
猛烈な尿意が僕を襲いました。あわててオフィスのドアを出る。
その瞬間、自分が致命的なミスを犯したことを悟りました。
「あっ、カードキー!」
持って出るのを忘れたことに気づいて振り返ると、まるでドラマの1シーンのように
ドアがスローで閉まっていきました。かちゃん。

当然ですが押しても引いても施錠されたドアは開かない。
とりあえずトイレを済まして、さあそこからです。
人って、どうしてこういう時に突拍子もないことをするんでしょうね?
いえ、僕だけかもしれないんですけども。

応接室はオフィスの施錠エリアの外にあるもので、とりあえずそこに入りました。
当然中にはつながっていないのですが、オフィスとの壁に
大きなガラス窓があったので、なんとかこれが外れないかさわったり、
顔をむにゅうとくっつけてみる。(セロやないんやから体は通らへんって)
「椅子でガラス割ったら警報鳴るかな」なんてことも考えました。
「大丈夫。俺は落ち着いてる」と自分では思っているのですが、
これのどこが落ち着いとるねん。まるで動揺しまくりです。
20分ほどそんなことをしていたでしょうか、ようやく気づきました。
管理室。

「当直の管理スタッフがいるはずや!」と1階まで降りてみると、
“ただいま巡回中。御用の方は000-0000-0000”
の張り紙が・・・。
当然携帯電話も持って出なかったので、電話できません。
「ロビーに公衆電話があったやんか!」と思い出して走りましたが、
もちろん期待通り財布も持ってません。あらゆるポケットを探りますが
10円はおろか1円もありません。返金口に指突っ込んでみたり、
床を這いずって探したり、まるでホームレス状態です。
しまいには、公衆電話についている緊急119番用の赤ボタンを
本気で押そうか悩みましたが、すんでのところで思いとどまりました。

「こうなったらビルの外に出て助けを求めるしかない!」
「いや、出てしまったら管理人の電話番号が読めないじゃないか!」
「それじゃあお前はこのままおとなしく死を待つというのか!」
頭の中がパニック映画になることおよそ1時間。
ふら〜っとやってきたのは営業の石川君でした。
僕の顔を見るなり、すべてを悟ったのでしょうね、指をさして大笑いします。

荷物を持つと、僕は仕事もほっぽらかして映画館へ走りました。
当然映画はもう終盤です。しかも途中入場できません。
仕方ないので払い戻しを頼むと「それもできません」。
ええ〜っ!「それでも僕は見ていない」。
踏んだり蹴ったりで、もう広島の自宅に戻ろうと新神戸から新幹線に乗りました。

と、ここで話は終わらず、最後のオチが・・・。
シートに座って「最悪の一日や」と一息ついたところで、列車が次の駅に着きました。
「岡山駅ってこんなに近かった?」窓からホームを覗けば、どうも雰囲気が違う。
「新大阪やん!!!」
乗る方向間違えてたんです。
(どこまで動揺しとるねん!)

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