取手事件 3
「誰か!あの人を捕まえてください!!」
まさかこんな定番の台詞を自分が叫ぶ日が来るとは夢にも思いませんでした。
しかしもともと声が小さいうえに、動揺していて、
叫び方がやや中途半端になってしまいました。
そのせいか、通行人のみなさんはこちらを一瞥しただけで、
誰ひとり、男を追いかけようとはしません。
それどころか、「なんだあのおかしな女は。関わらないようにしよう。」
といった空気すら感じられました。
私は、右手にネクタイをつかんだまま、全力で追いかけました。
ところが、おじさんは、太っているくせにすごい逃げ足の速さで、
すぐに見失ってしまいました。
息を切らしながら、
ケータイで警察に連絡して、事情を説明したところ、
「すぐに向かうのでとりあえずマンションの前に戻ってください。」
と言われました。
わけのわからない不安と怒りを感じながら、
マンションの前に戻った私は、
1階にいる管理人さんに状況を説明し、
とりあえず警察が来るのを外で一緒に待つことにしました。
その時です。
なんと、先ほど取り逃がしたおじさんが、
マンションのエレベーターから、出てきたのです。
「管理人さん、このひとです!!」
おじさんは、私に気付くと、また逃げようとしましたが、
こんどは管理人さんと二人で追いかけて、捕まえることに成功しました。
「このひと、知ってる。」
管理人さんが、おじさんの顔を見て言いました。
「前、ここに住んでた人だ。」
つづく