リレーコラムについて

お世辞、一万個。

土井徳秋

僕がTCC新人賞をもらったのは1974年のことだった。
ふりかえってみると、もう35年以上の歳月を経ていることになる。
博報堂に入社したのは、その4年前の1970年。大阪万博の開かれた年で、
入社早々、新入社員は大阪まで見物に行く、というのが研修だった。
楽しかった。来るべき21世紀は科学の花開き、バラ色に輝いているように
思えた。海外から来た人々と手をつなぎ、照れながら踊っていると
世界はひとつという言葉が、幻ではないように思えた。

その年の秋には、三島由紀夫事件が起こった。三島に心酔する
僕の大学時代の友人は、入社したての製鉄工場でそのニュースを知り
すぐさま、工場の放送室に駆け上がり
「ただいま三島先生がお亡くなりになりました」と工場内に緊急演説をして
処分を受けたという。
そんな年だった。そんな時代の空気だった。

その頃、僕はコピーライター研修を受けていた。期間は6カ月間。
最初に課題を聞いて驚いた。「お世辞を、一万個つくれ」。コピーの基本は
お世辞である、心の通うほめ言葉である、故にそれを一万個、書きなさい。
と、いうのである。この「一万個」という言葉はインパクトがあった。
腰が抜けそうになった。それでも100個くらいまでは
まじめに書いたものだが、それから先は、35年以上経った今でも、
できあがってはいない。「一万個」という言葉の力を思い知らせること、
それこそが研修だったのだ、あれは。

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