スペインの少女。2
スペインの風車の村にある小さなバーのトイレの中に
僕は閉じ込められていた。
厚い木のドアは、どういう仕掛けになっているのか、
暗くて、まるでわからない。
ともかく入るときには何の苦もなく入ったのだ。僕は木のドアの上に
よじのぼってみることにした。
上の方には小さな空間が外に向かって開いている。
僕はそこから首だけ外に向かって出すことができた。店の方では、
ものすごい音量で音楽が鳴り響いている。ともかく叫ぶことにした。
とっさに出てきた言葉は、ヘルプ・ミーでも助けてくれでもなく
「アワワワワーッアッ」という情けない言葉だった。しかしその叫びも
音楽にかき消されてしまう。
その時だった。ひとりのスペインの少女がトイレの前に
よちよちと歩いてきた。三歳くらいだろうか。
その少女のところだけスポットライトがあたるように
ひとすじの細い光がさしこんでいた。
少女は、トイレの上から顔を出して叫んでいる見知らぬ東洋人を、
不思議そうに、不思議そうに、見つめていた。
まるで映画のワンシーンのようだった。
そして少女は、ひと言も発することなく、その場を立ち去って行った。
少女が立ち去ると、魔法のようにドアは開いた。
何故なのか。それは、まったくわからない。
僕はトイレからやっと解放されて、何食わぬ顔で、
まだ撮影中のロケ隊に合流することになる。
もう20年近く前になるのだろうか。
それにしても、あのスペインの少女の記憶の中で、
僕の姿はどのような意味を持ったのだろうか、と今も思う。