リレーコラムについて

私は福島の生まれです(三)

小室市太郎

私は福島の生まれです。

弟の勤める会社が東京移転を決めました。
昨年暮れのことです。

弟の会社は福島県の中通り地方にあって
弟は自宅の会津若松から車で通勤していました。
移転の計画は前からあったらしいのですが
福島第一原発事故の影響を危惧した会社が
ここぞと計画を加速させたらしいのです。
年明け早々の移転・・・。

単身赴任という選択肢もあリましたが
弟は、家族そろって転居することを選びました。
家族にとっては、晴天の霹靂だったようです。

目黒の焼鳥屋で(これ要りませんよね)
このいきさつを聞いた私は
弟の選択を尊重しながらも
甥っ子と姪っ子のことを考えていました。
弟には中学生の娘を筆頭に3人の子どもがいます。
いまのタイミングで転校するということが
子供たちに与える負荷を考えると
なんともやるせない思いがしたのです。

新しい学校は、福島からきた転校生を
あたたかく迎えてくれるのだろうか。
偏見や好奇の衆目にさらされないだろうか。
「福島」と聞いただけで過剰に反応する
残念な大人たちは近くにいないだろうか。
もちろん、当の両親がいちばん心配していたことは
言うまでもありません。

そうして、弟家族は慌ただしく準備を終えると
子どもたちの3学期の始業式にあわせて
東京へ引越しました。
それぞれの不安や戸惑いを
ろくに整理もできないままに・・・

引越しから一ヶ月ほどたったある日
弟から近況報告の電話がありました。
中学生の姪っ子が不登校になっていました。

彼女に何が起きたのか、詳しくは分かりません。
断片的に聞いた話によると
ほとんど自分の部屋に籠りっきりだということ。
登校しようと努力するけど体が言うことを
きかないということ。
そして「会津に帰りたい」と訴えているということ。

被害者です。
弟の会社も、弟も、家族も、姪っ子も
みんなある意味で被害者です。
そして、こういう話は山ほどあるのだと思います。

原発避難区域の住人をはじめ、多くの人びとが
こんな理不尽に苦しみながら生きている。
この現状を然るべき人たちに
もっと見てもらいたい、もっと考えてほしい。
くだらない議論は、もう結構です。

私は、姪っ子の強さを信じています。
彼女はきっと大丈夫。きっと戻ってきてくれる。
君には、君のことを守ってくれるパパとママが
いるからね。やさしいばあちゃんもいるからね。

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