長野のこと②
長野時代の上司は、
地元の劇団の看板役者でもあった。
「上島君、こんど芝居があるからよかったら観に来てよ」
上司が主演をつとめる芝居だという。
何も知らずに観に行くと、小さな劇場は足の踏み場もない程の人。
幕がおりると、そこには半裸の上司がいた。
その時初めて観た、寺山修司の戯曲「毛皮のマリー」。
開演から2時間、美貌の男娼を演じる上司に魅了されてしまった。
上司のお尻はつるんとしていた。
ケーブルテレビの番組終了が決定した頃、
地元の七味唐辛子屋さんに自主提案したCM案が通った。
CM制作スタッフは、いつもの番組制作スタッフが兼ねる。
出演いただく役者さんたちの大半は、
番組のレポーターの方と、上司の劇団仲間のみなさん。
戸惑いながらも必死にやってきた番組制作を通して、
いつの間にか、意思疎通のとれたCM制作チームができあがっていた。
上司は、演劇のスキルを生かした総合演出。
僕は企画と同時に、ビデオで撮った素材で、どうしたら
フィルムで撮ったような質感が出せるか研究した。
蕎麦屋が舞台のCMだったので、
上司と蕎麦屋に行って、店の現場音を収録した。
でき上がったCMは、いくつかの賞をいただいた。
驚いたのは、「フジサンケイグループ広告大賞」の
地方CM大賞に選ばれたこと。
といっても、これはトロフィーがもらえるようなものではない。
番組内、糸井重里さんと関根勤さんたちが
セットの縁側に座りながら地方CMを観るコーナー。
その中で、「これがいいね」といって僕らの作ったCMを選んでくれた。
「賞を受賞すると、多くのクリエイターはリラックスする。
リラックスすると、良いアイデアが浮かぶ。賞にはそうした効果がある」
と、楓セビルさんのコラムに書いてあったけれど、
毎日(ちょっと焦りながら)あがいていた僕は、
この賞のおかげで、もう少し落ち着いて前を向くことができた。
(ちなみにこの番組、長野県では放送しておらず、
たまたまテレビを見ていた叔母の興奮した電話で知ることとなる)
地元のお菓子問屋さんのCMでは、
制作費が限られていたので、自分で何十枚もイラストを描いた。
お菓子の入った戸棚の中で、小さな子供たちが歌うCM。
子供たちの歌う歌は、上司のお子さんが担当。
僕はイラストの他に、戸棚を開け閉めする音を担当した。
音楽を担当するミキサーの方の自宅で、
戸棚にマイクをつけて、ひたすらに開け閉めした。
つい最近、ニコニコ動画で、
このCMのMAD動画が作られていることを知った。
戸棚から出てくるのが子供の代わりにゾンビになっていた。
数あるCMの中からこれを選んで遊ぶとは…。
恐るべし、ニコ厨の皆さんのクリエイティビティ。
そうやって、毎回手探りながらひたすらにCMを作っていった。
「CMプランナー」の募集が嘘じゃなかったことをすこし実感。
七味唐辛子屋さんの3本目のCMで、初めてTCC新人賞に応募した。
結果は、1次審査通過。新人賞には届かなかった。
リストを見ると、1次審査通過者の一番上に自分の名前が。
それが得点順だとは知ったのは、ずっと後になってから。
「上島」だから「う」で、上のほうにあるんだなと勝手に納得していた。
今思えば、完全なるビギナーズラックだったと思う。
あの時、獲れなくて良かった。
コピーは、そんなに甘くない。
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