消えたママチャリ
単身赴任で東京に住むことになって、不動産屋から鍵を受け取った直後に、まず買ったのが近所の自転車屋の店頭に並んでいた一番安いシティサイクル、所謂ママチャリだった。
以来、10年以上このママチャリに乗っている。当座は土地勘の養成と近所のおもしろそうな場所をさがすために、表通りから路地裏を隈なく走り回った。スカイツリーのせいで、いまや墨田区はそれなりの観光地になりつつあるが、当時は東京の急激な変貌から取り残されたような下町で、昭和のモノクロ映画に出てきそうな景色があちこちにあった。いたるところに銭湯があることや、玉ノ井や鳩の街といった小説やマンガで目にしたことのある色街の跡が近くにあるというのがわかったのも何となくうれしかった。
だんだん住み慣れてくるにつれて、自転車でうろちょろするよりも徒歩でほっつき歩くほうが、面白いモノやコトに出会う確率が高いと思えてきた。今ではこの自転車に乗るのはもっぱらスーパーへの買い物と区立図書館へ行く時ぐらいか。
今年の年明けの話。
正月休みが終わって関西の自宅から東京の寓居に戻ってきたら、駐輪場に置いてあるはずのママチャリが見当たらない。誰かが他の場所に動かしたのかと思って辺りを探してみたがやはり見つからない。
10年以上も乗っている安物の自転車だしもう十分モトは取れているのだからと自分に言い聞かせてみたが、新年早々さすがに少しへこんでしまった。とはいえ冷蔵庫の中は空っぽなので、買い物には行かねばらない。仕方なく歩いて近くのスーパーへと向かった。
途中、コンビニの前に来た時、駐車場に見覚えのある自転車が目に止まった。もしやと思って近よって見てみると件の消えたママチャリだ。一瞬、盗んだ人間がコンビニの店内にいるのかと思い、固唾をのんで店の中をのぞいてみたが店員以外はだれもいない。よく見れば鍵もかかったままだ。
コンビニの店員に断ってから鍵をあけて自転車にまたがりながら、いったいこれはどういうことなんだろうかと考えてみる。スーパーで買い物を終えた帰り道でハタと思い出した。
年末の帰省前日に自宅へ宅急便で荷物を送った時、荷づくりした段ボール箱を自転車の荷台に乗せてコンビニまで運んだのだった。どうやらコンビニに荷物を預けた後、自転車の存在をころりと忘れてしまい、駐車場に置いたまま徒歩で家に戻ったらしい。
固有名詞がなかなか思いだせないといったピンポイントボケはしょっちゅうあるが、ここまでまとまった記憶がすっぽり抜け落ちたのは初めてだ。ボケ封じの神社に初詣に行こうかとその時は思っていたけど、翌朝になったらもう忘れていたことを、たった今思い出しました。
徒歩、JR、地下鉄、バス、自転車と、移動手段をとば口にして、5日間ヨシナシゴトを書き連ねてきました。
来週は光居誠さんにバトンを渡します。