ヒロヤくん
外﨑郁美
ヒロヤくん。
それは、私が人生で初めて
傷つけた男の名前である。
幼稚園の年中時代。ひまわり組でのこと。
(たしか年齢ごとに、年少・年中・年長の3段階に
学年がわかれていた)
担任のリエコ先生がなぜか、女の子たちに
好きな男の子の名前を聞いていた。
「みんな、好きな男の子いるの?」
それは何でもない平和な日常。
女の子たちは、もじもじと恥ずかしそうに、
でもちょっと嬉しそうに答えた。
「ヒロヤくん」
「ヒロヤくん」
「ヒロヤくん」
どうやらこのひまわり組では、
このヒロヤくんが大人気らしい。
思えばヒロヤくんは、色白で目がクリッとかわいらしく、
唇はすこしぽってりとしてセクシー。
そういえば、クラスのお遊戯会でおやゆび姫を演じたとき、
王子様役に抜擢されていたっけ。
私はネズミのおばあさん役だったけど。
ユウヤくん。トモくん。
女の子たちが頬を染めながら
好きな男の子の名前を告白していく。
やばい、私の順番がまわってきてしまう。
頭が真っ白になった。
「ヒロヤくん」
私は条件反射的にそう答えた。
実際は、好きでも嫌いでもなかった。
ニンジン。ピーマン。セロリ。
知っている野菜の名前を挙げるかのように、
私はヒロヤくんの名前を使わせてもらった。
長いモノにまかれたのだ。
みんなが好きって言うなら、間違いないさ。
それからというもの、
すこしずつヒロヤくんとの距離は近づいた。
休み時間に、手つなぎ鬼と称して
ずっといっしょに手をつないで走ったり。
おままごとで夫婦役をやったり。
それまで話したこともなかったヒロヤくんと
すっかり仲良しになっていた。
言葉にすると叶う、とはよく言ったものだ。
ヒロヤくんはいい子だった。
女の子にモテるわりには、押しが弱く、
おとなしくて気の優しい性格だった。
しかし、ほどなくして事件は起こった。
毎年恒例。秋のイモ掘り大会でのこと。
遠足で掘ったサツマイモをアルミホイルにくるみ、
たき火にくべ、みんなで輪になって囲んだ。
大好きなイモ。大好きなひとといっしょに食べるんだ。
そう思ってふと輪の向こう側を見ると、
ヒロヤくんがリエコ先生と手をつないでいた。
リエコ先生に甘えてベッタリだ。
私は嫉妬心をむき出した。
ヒロヤくんのもとに猛突進。
リエコ先生と手をつなぐヒロヤくんの腕をボコスカ殴って、
ふたりを引き剥がした。
「男のくせに手つないでんじゃねえよ」
私はヒロヤくんを突き飛ばした。
そしてリエコ先生に抱きついた。
「先生、いっしょに食べよう」
突然、女子に腕を殴られたヒロヤくんは
しばらく呆然としていた。
そして静かに泣いていた。
あはは。泣いちゃった。男のくせに。
残酷な女子は手加減を知らなかった。
そして正直者だった。
そう、私が好きなのはヒロヤくんではなかった。
アンパイのヒロヤくんを好き、
そんな真っ当な自分を見せたかった相手は
リエコ先生だったのだ。
それ以来、ヒロヤくんは口をきいてくれなくなった。
大きなイモを掲げてリエコ先生の隣で
満面の笑顔を浮かべている写真は、
いまでも実家のアルバムに眠っている。
ヒロヤくん。
今さらですが、あのときはごめんなさい。
そんな感じではじまりましたコラムですが、
今週は、最近新人賞をいただきました
外崎郁美が担当いたします。
どうぞよろしくお願いします!
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