梅雨のリグレット
いつも梅雨の時期になると思うことがある。
雨の中を傘も差さずに歩く人を見たときに。
こないだ、
最寄駅から自宅のマンションへ向かう夕方の帰り道。
目の前を学校帰りの女子中学生が雨に濡れながらひとり歩いていた。
距離にして五メートル。
『僕は、彼女に傘を差し掛けてあげるべきか』
ずぶ濡れでかわいそうだな。
でも、声を掛けると、
変なおじさんと思われるかもしれないしな。
ババババババと、傘を打つ雨の音は次第に強くなっていく。
僕に決断を急かすように。
結局、僕は雨に打たれる彼女との五メートルの距離を縮めることなく、
マンションまで五分の道のりを無言のまま歩いていた。
僕の頭の中では、彼女の鞄の中の教科書が雨に濡れて
ベロンベロンに波打っているところまで想像していたというのに。
家に着いても心は晴れなかった。
どんよりと曇った梅雨空のままだった。
いつから僕は雨に濡れる人に
傘を差し掛けることのできない大人になってしまったのだろう。
◎これまで人生で知らない誰かに傘を差し掛けた回数:3回
*************************
きょう。梅雨の晴れ間。
朝8時すぎ、通勤の時間帯。
僕は隅田川の堤防をウォーキングしていた。
そこで、僕は新たな問題にぶつかった。
パートの職場に向かう通勤前なのか、
ひとりのアジア系の外国人女性が道の端っこに自転車を止めて
チェーンのあたりをガチャガチャとやっていた。
距離にして十五メートル。
『僕は彼女の自転車の外れたチェーンを直してあげるべきか』
パートに遅刻するとかわいそうだな。
でも、声を掛けると、
変な男と思われるかもしれないしな。
十メートル、五メートル…次第に距離が近づいていく。
僕は男の決断を迫られる。
「あのぉ、直しましようか」
僕がそう言おうとした瞬間に、彼女が言った。
「ナ・オ・タ・ヨ〜」
チェーンの油で汚れて黒光りする指と、嬉しそうな彼女の明るい横顔が、
僕には少しだけまぶしすぎた。
僕は彼女に「よかったね」とやさしげな視線だけを送って
静かに横を通り過ぎ、五メートル、十メートルと、
次第にその場所から離れていった。
また、きょうも、僕は何もできなかった。
僕の頭の中では大好きな昔のサントリー ニューオールドのCMの
かっこいい音楽がずっと流れていたというのに。
「恋は、遠い日の花火ではない。」
小野田隆雄さんのあの永遠の名作コピーを思い出す。
だが、なぜだかきょうの僕の気分はすっきりと晴れていた。
梅雨の雲の切れ間の青空のように。
◎人生で知らない誰かの自転車の外れたチェーンを直した回数:0回
*************************
こんにちは。キャッチャーゴロの清松です。
今年の梅雨は歩みが遅いらしいです。
素敵な梅雨の一日を。