若気
10年ほど前、20代なかばのころ。
私はコピーライターをこじらせていた。
何の経験も知識もない男が、
配属という偶然によって
クリエーティブの名刺なんかを
手にしたものだから。
とにかく「クリエーター」らしく
ふるまわなくてはいけないという
過剰な自負に苛まれていたのだ。
そして私は伊達メガネをかけ、
単館映画に通い、
難解なジャンルの音楽を有り難がりながら、
休日はギャラリーを巡っていた。
そんな時期のど真ん中に、私は失恋をした。
たしかクリスマス・イヴのことだった。
失意の私だったが、
そこでもなぜか「クリエーター」らしく振る舞おうとした。
そしてフラれた相手に私は以下のように返信をした。
——
かのヘミングウェイはこう言ったそうです。
男と女が友情を結ぶためには、
まず恋に落ちなくてはいけない、と。
きっと僕たちは良い友人になれると思う。
また懲りずに連絡するからその時はよろしくね。
——
悪夢である。
死ねばいいのに。いや、死にたい。
しかし当時の保持は真顔である。
そして半年後に、ほんとうに彼女に連絡をした。
恐怖である。サイコパスである。
あのときの自分を説教したい。
伊達メガネやめろ。茶髪もやめろ。
トムクルーズ馬鹿にすんな。JPOP馬鹿にすんな。
ポエム書いている暇あったらコピー書け。写経しろ。
がんばれ。とにかくがんばれ。調子のんな。
みっともなくてもいいから必死でやれ。
ハゲるまでやれ。
・・・
あれから十年あまり。
あの日フラれた彼女は今では私の妻となった。
ヘミングウェイのメールの件は
極力聞かないことにしている。