リレーコラムについて

本当にあった話

公庄仁

CMの撮影直前になって、10代の女の子モデルが消えた。

「さっきまではいたんですが…」
「まーたあの娘がやらかしたの?」
「バカヤロー撮影どうすんだよ」

スタッフは皆、大騒ぎである。
なぜか私が探すことになった。
あらゆる場所をあたったが、
マネージャーの予想通り、彼女は大学のキャンパスにいた。
変装もせず、大勢の学生に混じって講義を受けていた。
長い髪と日本人離れした顔立ちが、
どういうわけかちっとも目立たず、
ふつうの女子大生のように見えた。

私は彼女の隣に座った。
逃げられないように、彼女の左手を掴んだ。
背が高いくせに、ずいぶん小さい手だと思った。
彼女は抵抗もせず諦めたようだった。

「すいぶん探した」
「ごめんなさい」
「俺に謝る必要はない。でも仕事だ」
「……私はただ、皆みたいに普通の大学生になりたかっ…」
「悪いけど、愚痴を聞くのも俺の役目じゃない」

彼女は今にも泣きそうであった。
奔放で、現場を困らせることで有名なモデル
という印象とは随分違った。

「せめて、この授業が終わるまでだけ…」

彼女は懇願した。
仕方なく私まで大学の講義を聞くハメになった。
教壇では文学部教授が「たけくらべ」の解説をしていた。

小さな頃から芸能活動で忙しく、
ろくに授業も受けられなかっただろう彼女と、
貧乏だったため中学校も通わずに働き始めた私。
偽物の大学生2人が体験する、
つかの間のキャンパスライフだった。
彼女に逃げる様子はなかったが、
私は手を握ったままだった。

終業の合図がなる前に、後ろから黒いスーツの男が現れた。
一見普通のビジネスマンだが、
ギラギラした金の時計をつけていた。

「学生ごっこは終わりだ。まだ仕事も契約も残っている。帰るぞ」

黒スーツの姿を確認した彼女は、もう観念したようだった。
私の手を離れ、連れ去られていく瞬間、
彼女は助けるような目でこちらを見た。
当然、私にはどうすることもできない。
私には私の役割があるのだ。
彼女のいなくなった教室で、
しばらく呆然として講義を聞き続けた。
「たけくらべ」はいずれ遊女になることを
運命づけられた少女の物語であると知った。
この世は100年前から胸糞の悪い世界だと思った。

数年後、新宿の大型ビジョンに彼女が映っていた。
メジャーなクライアントのCMに多数出演する、
超のつく売れっ子となっていた。
巨大なスクリーンに映し出される彼女の笑顔が本物かどうか、
私には判別がつかなかったが、
そうであって欲しいと心から願った。
名前を調べたら、“中条あやみ”という名前だった。

という夢を昨日見た。
夢の中の私は、私立探偵という設定であった。
ここ数年でもっとも恥ずかしい夢だった。

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サン・アド/POOL inc. 公庄仁
hitoshi_gujo@sun-ad.co.jp

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