リレーコラムについて

あっちの人 ②

柴田常文

その人は、サングラスをかけ、
ジャケットに袖を通さず、肩にフワリとかけて、
パンツのポケットに手を入れたまま現れた。
ショートピースの両切り煙草に火を点けて、
うまそうに煙を吐き出す。

1975年、広告会社の博報堂に入社し、
希望通り制作職に配属され、
コピーライターへの道を歩き始めた時、
その研修の講師としてやってきた。

『コピーライター 西田制次』

知らない人は、コピー年鑑をめくってください。
確か、1973年の新聞広告。
『白さが違う、という洗剤のCMは
できればソニーで見ていただきたい。』
という名コピーで知られたお方だ。
いまなら、「続きはWEBで」とか
メディアミックス型のコピーは普通だが、
当時、CMを想起させながら新聞広告をつくるなんて、
そんな手もあったか! と驚きのアプローチだった、

どんなコピー課題を出されたか、
もうすっかり忘れてしまったが、
これでもか、これでもか、と次から次に課題を出され、
質も然ることながら、量をたくさん書かねばならない
脳みそグチャグチャになる地獄の特訓だった。

恐る恐る課題を提出すると、黙って原稿用紙をめくり、
あっという間に読み終えてひと言、
「ないね」・・・・以上終わり。

研修の最後の時に
「キミは、書いているコピーはダメだが、
コピーとはどんなものか、を理解してきたようだね」
と褒めているのか何なのか、
よく分からないことを言われたが、
何だか嬉しかったことを今だに覚えている。

西田さんの後輩が、かの「眞木準」で、
その後輩が、不肖私という系譜になる。
お二人とも、すでにあっちの人になってしまった。

三人でたまに六本木の小料理屋「わかば」で呑んだ。
二人を前に一人、面接を受けるような席並びだ。
「最近の広告はどうなの?」
と西田さんのサングラスの奥が光る。
「どうなの? 柴田くん!」
と眞木さんがすぐこっちに投げる。
そ、そ、そ、それは……

あんなに酔わない酒はなかった。

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