関西電気保安協会職員の困惑 第二話「営業所 技術一課 長岡康介の困惑」

長岡康介は困惑していた。
「それでは私は点検をするフリをすればいいだけなのですか。」
ひと通りウェブCMの説明を広報部から受けた後、長岡は念のため尋ねた。
「はい。セリフもないので安心してください。」
広報部の吉田という職員は、長岡の不安を解消したいかのように、にこやかに答える。
「演技するようなこともないわけですね。」
「ないです。なので撮影の時間もそんなにかかりません。」
違うのだ。長岡は不安なわけではない。むしろ不満なのだ。
なぜなら長岡はCMに出たいのだ。もう少し言えばセリフも欲しいのだ。
求められるならダンスとか歌を歌ってもいい。
長岡がCMにかける思いは並々ならぬものがあった。
誰にも言ったことはなかったが、長岡が保安協会を選んだのは、高校の電気科で
取得した資格が活かせるということもあったが、CMに出てみたかったのだ。
長岡が保安協会に入る前から、保安協会では職員が出演するCMが長年続いていた。
関西では知らない人がいないともいわれるそのCMに出ることは
長岡の就職前からの大きな目標でもあった。
もちろん仕事には真剣に取り組んでいたが、
それと同じぐらいCMにも真剣に取り組む覚悟だったのだ。
長岡はCMの絵コンテを確認してみる。
高校生同士が保安協会の話をしている。
レモンで電気がつくとかつかないとかそんな話だ。
その後に保安協会職員の仕事風景が短く入る。
なぜ保安協会のCMに高校生が出るのだ。主役は保安協会の職員ではないのか。
私が高校の制服を着てレモンの話をするのでは駄目なのか。
せめてレモンは私が手渡してもいいのではないか。
「私の出番はこの『そんな関西の日常を電気保安で支える仕事。』という
テロップの部分だけですか。」
「はい、そこだけでいいです。」
そこだけではよくないのだ。これなら私でなくてもいいではないか。
CMが放送された後に、いつもの保安点検先のお客さまから
「あ、見ましたよ。長岡さん。お芝居うまいですねえ。」とか言われて
満更でもないという顔をするシミュレーションも重ねてきたのだ。
「あの無理であれば今回は。」
無言の長岡を見かねて吉田が言った。
「やります。」
長岡は即答した。

電気を守る。
関西を守る。
それが本職。

NO.2023398

広告主 関西電気保安協会
受賞
業種 精密機器・産業資材・住宅・不動産
媒体 新聞
コピーライター 細田佳宏
掲載年度 2023年
掲載ページ 414

細田佳宏ほそだ よしひろ

2020年入会