関西電気保安協会職員の困惑 第三話「監視指令センター 大森博信の困惑」

大森博信は困惑していた。
「ウェブCMに出てくれないか。」
大森が上司の山崎から会議室に呼び出されて言われた言葉だ。
大森は人前に率先して出るようなタイプではない。
ましてやCMで演技をするということなど考えたこともない。
小学校の学芸会では「おじいさんその三」という、数合わせの役をやったくらいだ。
この協会が昔から職員出演のCMをしていることは知っている。
同僚や部下にも何人かCMに出演した人間がいる。
だからといって自分が出るとは想像もしていなかった。
工業高校を卒業し協会に就職して二十数年。お客さまを訪問し保安業務をこなしてきた。
今は契約先に漏電など電気の異常がないかモニター監視する業務についている。
二十四時間体制で電気の安全を見守る大切な業務だ。
派手な仕事ではないが、やりがいは感じている。なぜ自分が。
最初に浮かんだ疑問がついてでた。「こういうものは希望者が出演するのでは。」
「いや広報部の指名だそうだ。」「指名ですか。」
おそらく拒否してもいいのだろうが、
あえて拒否するほどのアレルギーがあるわけでもない。というか
内容も知らないのに拒否もできない。広告というのも立派な仕事だ。たぶん。
「あの、どんな内容なんでしょう。」
「大森の役は、この監視業務の責任者だ。」
山崎はCMの内容が拙い絵で描かれた紙を大森に見せてきた。
絵コンテというらしいが、こんなもの見るのも初めてだ。
女性同士がうちのCMになぜ芸能人が出ないのかとかどうとか喋っているが、
自分の部分が気になって内容はよくわからない。
「なにか喋ったりは。」
「ないみたいだな。制服を着てモニター監視している様子を撮影するそうだ。」
「はあ。」別段演技力を求められたり、
変な格好をさせられたりするわけではないようだ。
大森が以前見た別のCMでは職員が着ぐるみを着せられたり、
コミカルな演技をさせられたりしていた。
いつもの仕事の様子を撮影するだけなら、あえて拒否するほどの理由もない。
「撮影については広報部からまた連絡があると思うから、よろしく頼むよ。」
そう言って上司の山崎は会議室を出ていった。
これは承諾したということになっているのだろうか。
大森はホッとしたような、
少し拍子抜けしたような妙な気持ちだった。

電気を守る。
関西を守る。
それが本職。

NO.2023399

広告主 関西電気保安協会
受賞
業種 精密機器・産業資材・住宅・不動産
媒体 新聞
コピーライター 細田佳宏
掲載年度 2023年
掲載ページ 414

細田佳宏ほそだ よしひろ

2020年入会