関西電気保安協会職員の困惑 第四話「人財開発センター 西野健一の困惑」
西野健一は困惑していた。
自分はこんな形でCMに出るはずだったのだろうか。
妙な照明に照らされて、パソコン操作をするフリをしながら西野は考えていた。
「西野さんちょっと出演してもらっていいですか。」「私でいいんですか。」
「大丈夫ですよ。西野さんなら。」
つい今しがた広報部の吉田にそう言われて、西野はパソコンの前に座っている。
関西電気保安協会では長年自社のCMに職員を出演させている。
今はウェブCMの撮影中である。
ただし主役は監視業務を再現している別の職員であり、
西野は彼の後ろでカメラに背中を向けて座っているだけの、エキストラも同然の役だ。
「それじゃあカメラ回していきます。よーいスタート。」
監督の声が響く。
西野が在籍するのは人財開発センターという、職員の研修を担当する部署である。
電気保安の技術も日々進歩している。職員も知識や技能を更新する必要があり、
その研修を担当するのが西野の仕事である。
ここは研修用に実際の電気設備を備えていることもあり、
職員の作業シーンの撮影が度々行われ、西野も何度か撮影に立ち会っている。
自分も出てみたいとも思うのだが、指導員というプライドが邪魔をし、
自ら募集に手を挙げることはなかった。
「後ろのかた、もう少しだけ背筋を伸ばしてください。」監督から声をかけられる。
『後ろのかた』が自分のことだと気づいて西野は少し姿勢を正す。
このセンターでは指導員という一目置かれる存在の自分が、今は『後ろのかた』だ。
「いい表情ですねえ。素晴らしい。そのまま続けてください。」
背後でまた監督の声が聞こえる。自分に向けたものではないことはわかっている。
西野は背後の撮影風景がうっすら映り込むパソコン画面を見つめながら考えている。
正直、CMに出たい気持ちはあった。出演と言われて満更でもない気持ちもあった。
あったがこんな『後ろのかた』というポジションを自分は望んでいたのか。
協会から出演を乞われ「いやー私にできるかなあ。」などと
ちょっぴりの謙遜も交え出てみると周囲は大絶賛、という流れこそが
西野が頭の中で何度も描いてきたシナリオではなかったか。
「カット。OKです。」どうやら終了のようだ。広報部の吉田が近づいてきた。
「お疲れさまです。西野さん。良かったですよ。」良かったもなにも
座っていただけだ。疲れてもいない。少し姿勢を正しただけだ。
何がOKなのか。自分的には何もOKではない。
次回のCMには手を挙げてみよう。
自分のデスクに帰りながら西野は考えていた。
電気を守る。
関西を守る。
それが本職。
NO.2023400
広告主 | 関西電気保安協会 |
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受賞 | |
業種 | 精密機器・産業資材・住宅・不動産 |
媒体 | 新聞 |
コピーライター | 細田佳宏 |
掲載年度 | 2023年 |
掲載ページ | 415 |
細田佳宏ほそだ よしひろ
2020年入会