関西電気保安協会職員の困惑 第五話「営業部 妹尾涼子の困惑」
妹尾涼子は困惑していた。
「いつも通りに仕事してください。」短パンは妹尾にそう指示を出した。
『短パン』というのは個人的に心の中で、そう呼んでいるだけで、実際は『監督』だ。
真冬の撮影なのに短パンなので、妹尾が五分前に『短パン』と命名した。
巨大な顔が描いてあるトレーナーも謎だ。どこで買うのだ。裏原宿か。
行ったこともないが情報番組で見た通称だけが頭に浮かぶ。
「よーいスタート!」短パンが声を張り上げる。
妹尾が困惑しているのは短パンの『いつも通り』という指示だ。
妹尾は保安協会のウェブCM撮影現場にいる。
今、妹尾が座っているのはいつもの職場ではないし、いつもの席でもない。
会議室にしつらえられた急ごしらえのオフィスだ。
その上、妹尾の周りには短パンやカメラマンや照明マンや、
なんのためにいるのかもわからないマンが大勢いる。
そんな非日常な場所で『いつもの通りの仕事』というのも無茶な相談ではないか。
妹尾は真っ暗なパソコンに向かってキーボードをパチパチと叩いてみる。
マウスに手を添えてみるが持ち方がよくわからない。いつもどうしてたっけ、私。
「ちょっと電話かけてみてください。」
短パンが声をかける。妹尾は目の前の電話を取り上げてみる。
プープーという音を聞きながら口をパクパクさせてみる。鯉か。
昼前の撮影でお腹も減ってきたが、進行が遅れているせいか
ちょっとご飯食べていいですかと言い出せる雰囲気でもない。
妹尾の『いつも通りの仕事』とは保安管理契約を結んでいる事業所との調整や、
点検結果の報告である。新卒で入社してから四年。
仕事にも慣れ、現場や点検先の人と会話をするのは気に入っている。
もちろんそんなことが短い映像で伝わるわけもないのだろう。
『おじさんしかいなさそう』という世間のイメージ払拭のために妹尾は出ているのだ。
いやそう聞いたわけでもないが、
この協会に入るまでは妹尾もそう思っていたのでそうなのだ。
あのカメラの中で自分はどう映っているのだろう。猫背になっていないだろうか。
目が充血していないだろうか。モニターを見つめている短パンが気になる。
CMに出たいなどとは一言も言っていないのだが、
上司にちょっといいお菓子で買収されてしまったことを後悔し始めていた。
「OK!」短パンが甲高い声で叫んだ。
妹尾はほっとしたような物足りないような気がする。
「じゃあカメラ引いて、もうワンカット。」
まだあるのか。妹尾の腹がグーッと鳴った。
電気を守る。
関西を守る。
それが本職。
NO.2023401
広告主 | 関西電気保安協会 |
---|---|
受賞 | |
業種 | 精密機器・産業資材・住宅・不動産 |
媒体 | 新聞 |
コピーライター | 細田佳宏 |
掲載年度 | 2023年 |
掲載ページ | 415 |