連載小説
午前10時に
竹内まりや。 七時半に夫を見送って、娘を九時半
の登園バスに乗せると、朝の慌し
さが一段落する。
家に戻って、晴美はリビングのソファ
に腰を下ろし、ハーブティを口にした。
妻と母親という役割から解放され、自
分に戻れる唯一の時間、午前10時。
夫は優しいし、娘は素直に育っ
てくれている。そのことはとても嬉しく
思っている。
なのに、今、窓の外に広がる空を見つ
めて、ため息をついている自分に気づく。
独身の頃、結婚したら毎日を優雅に過
ごせると思っていた。
凝ったお料理に手作りのキルト、ベラ
ンダには花を絶やさず、週に二度はお稽
古事をして、月に一度は娘を実家に預け
て夫とデートをする――。
でも、現実はままならない。
毎日毎日、これでもか、というぐらい
しなければならないことが待っている。
朝食の後片付けを終えたら、布団を干
して、選択をして、掃除をする。今日は
お風呂のカビ取りと、古新聞をまとめる
作業が待っている。そうしているうちに、
もう娘のお迎えの時間だ。一緒にスーパー
で買い物をして、家に帰ればすぐに夕食
の準備にかからなければならない。
幸福という名がついた手強い日常。
私が欲しかったのはこれ?
こんなことを考えてしまうのも、昨日、
学生時代の同窓会に出席したせいだ。
会場となったレストランで、久しぶり
に遙子と顔を合わせた。
遙子とは、独身の頃、とても仲よくし
ていた。ショッピングにも旅行にも、よ
く一緒に出掛けたものだ。
それなのに、最近は会えるチャンスが
すっかりなくなってしまい、昨日を楽し
みにしていた。
遙子は今もって独身で、ばりばり仕事
をしている。まさにそのイメージ通り、
颯爽として現れた。
その姿が眩しかった。
そして、少し、胸がざわざわした。
【つづく】
NO.23825
広告主 | ワーナーミュージック・ジャパン |
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業種 | 娯楽(公営ギャンブル・遊園地)・スポーツおよびスポーツ用品・各種の民間イベントやリサイタルやショー・音楽関係 |
媒体 | その他 |
コピーライター | 神山浩之 |
掲載年度 | 2007年 |
掲載ページ | 239 |
神山浩之こうやま ひろゆき
1993年入会