金鳥小説 夢不来(むしこなーず)
?虫コナーズのCMオーディションに挑む
主婦・近藤幸恵の物語<全十話>?
第三話「虫の居所」 あれから何度も見た。コマーシャルが流れる
と極度に反応してしまう自分がいた。
?~虫コナーズぅ~~。今日もカズちゃんは
歌っている。テレビの中で。
五十一歳。子育ても終盤戦である。というか
もう終わっているのかもしれない。長女
は今年、地元の銀行に内定を頂いた。この
不景気にありがたいことだ。長男は来年
大学受験。これが終わればあとはやっと自分
の時間。ほんとに今までよくぞ自分を犠牲
にして家族を支えて来たと幸恵は思う。
五十を過ぎてこれから、おだやかに、しあ
わせに。だけど幸恵のアタマの中でここ数日
ぐるぐると繰り返されている言葉がある。
「コマーシャルって儲かるんでしょう?」
「そりゃタレントなら数千万、カズちゃん
だって100人から選ばれてあれだけ歌って
やってんだから・・・数百万とか?」
カズちゃんが?木の役のカズちゃんが?
神様おかしくないですか。
「よかったよねカズちゃん」と夏子は言った。
「今度会いたいよね」とマリは笑った。二人
とも満たされているから。と幸恵は思う。
夏子はご主人が外資の会社、自分でも自宅
で子ども相手の英会話教室をやっている。
マリは子育てしながらいまだキャリア
ウーマン。文房具メーカーのマーケティング
だか商品開発の部長になったはずだ。
?~地味な暮らしも慣れました~は、実は
わたしだけだ。リビングの椅子に座り
真っ黒のテレビ画面を睨みつける。
カズちゃんは木の役だった。わたしがお姫
さまだった。たった一度でも主役を射止めた
(じつはクジ引きだった)小学三年生の記憶は色濃い。
許せない。もずくのように黒い念。
その黒い念を昼下がり五つめの羽二重餅と
いっしょに飲み込むと、それは新たない念
となって幸恵の口から飛び出した。
「わたしも。わたしも、コマーシャルに出るで
げふっ」お姫さまは甘いゲップをした。
(次回は6月2日掲載予定です)
※ストーリーはフィクションです。
登場人物、団体名等は架空のものです。
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広告主 | 大日本除虫菊 |
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業種 | 化粧品・薬品・サイエンス・日用雑貨 |
媒体 | 新聞 |
コピーライター | 古川雅之 |
掲載年度 | 2013年 |
掲載ページ | 165 |