朝日新聞デジタル/プロメテウスの罠
防護服の男 第一話 282秒 NA:
ギリシャ神話によると、
人類に火を与えたのはプロメテウスだった。
火を得たことで人類は文明を発展させた。
化石燃料の火は生産力をさらにのばし、
やがて人類は原子の火を獲得する。
それは夢のエネルギーとも形容された。
しかし、落とし穴があった。
NA:
朝日新聞、プロメテウスの罠。
シリーズ、防護服の男、第一話。
S:
プロメテウスの罠
シリーズ防護服の男
第一話
NA:
福島県浪江町の津島地区。
東京電力福島第一原発から約30 キロ北西の山あいにある。
原発事故から一夜明けた3 月12 日、
原発10 キロ圏内の海沿いの地域から、
1万人の人たちが津島地区に逃れてきた。
NA:
小中学校や公民館、寺だけでは足りず、
人々は民家にも泊めてもらった。
菅野みずえの家にも朝から次々と人がやってきて、
夜には25 人になった。
多くが親戚や知人だったが、見知らぬ人もいた。
NA:
築180 年の古民家を壊して新築した家だ。
門構えが立派で、敷地は広い。
20 畳の大部屋もある。
避難者を受け入れるにはちょうどよかった。
門の中は人々の車でいっぱいになった。
「原発で何が起きたのか知らないが、
ここまで来れば大丈夫だろう.」
人々はとりあえずほっとした表情だった。
NA:
みずえは2台の圧力鍋で米を7合ずつ炊き、
晩飯は握り飯と豚汁だった。
着の身着のままの避難者たちは大部屋に集まり、
握り飯にかぶりついた。
夕食の後、人々は自己紹介をしあい、
共同生活のルールを決めた。
一、便器が詰まるのを避けるため、
トイレットペーパーは横の段ボール箱に捨てる。
一、炊事や配膳はみんなで手伝う。
一、お互い遠慮するのはやめよう……。
人々は菅野家の2部屋に分かれて寝ることになった。
みずえは家にあるだけの布団を出した。
そのころ、外に出たみずえは、
家の前に白いワゴン車が止まっていることに気づいた。
NA+S:
中には白の防護服を着た男が2人乗っており、
みずえに向かって何か叫んだ。
NA(男):
なんでこんなところにいるんだ!
NA(みずえ):
何?どうしたの?
NA(男):
なんでこんなところにいるんだ!頼む逃げてくれ!
NA(みずえ):
逃げろと言っても、ここは避難所ですから
NA(男):
放射性物質が拡散しているんだ!
NA(別な男):
何をしてる!はやく車の中に戻れ!
NA:
家の前の道路は国道114 号で、
避難所に入りきれない人たちの車が
びっしりと停車している。
2人の男は、車から外に出た人たちにも
早く車の中に戻れと叫んでいた。
2人の男は、そのまま福島市方面に走り去った。
役場の支所に行くでもなく、
掲示板に警告を張り出すでもなかった。
政府は10 キロ圏外は安全だと言っていた。
なのになぜ、あの2人は防護服を着て、
ガスマスクまでしていたのだろう。
だいたいあの人たちは誰なのか。
みずえは疑問に思ったが、
とにかく急いで家に戻り、
避難者たちにそれを伝えた。
NA:
プロメテウスによって文明を得た人類が、
今、原子の火に悩んでいる。
福島第一原発の破綻を背景に、
国、民、電力を考える。
NA:
朝日新聞、プロメテウスの罠。つづく。
S:
朝日新聞DIGITAL
高崎卓馬たかさき たくま
1998年入会