朝日新聞デジタル/プロメテウスの罠
防護服の男 第五話 302秒 NA:
ギリシャ神話によると、
人類に火を与えたのはプロメテウスだった。
火を得たことで人類は文明を発展させた。
しかし、落とし穴があった。

NA:
朝日新聞、プロメテウスの罠。
シリーズ、防護服の男、第五話。        

S:
プロメテウスの罠 シリーズ防護服の男 第五話

NA:
浪江町の赤宇木(あこうぎ)地区に住む
三瓶ヤスコは隣の飯館村から嫁いで55 年になる。
菅野みずえとは公民館の民謡サークル仲間だ。
ヤスコは8月初めまで、細い山道を上った一軒家に
1人で住んでいた。
地震直後は、神奈川県の孫娘の1DK のアパートに、
富岡町の長女と孫息子の3人で避難した。
しかし、隣室の食事の音まで聞こえる。
周りにも気を使う。
「この年になると都会の生活は合わない」。
犬と猫のことも気になり、4月末に赤宇木に戻った。
そのころは、まだ地区に数世帯が残っていた。
そのうち1軒減り、2軒減り、誰もいなくなった。
警官が30 キロ付近で通行規制を始めると、車も通らなくなった。
さみしくなった。夜は真っ暗だ。
何も考えないように思っても手が震え、食べ物がつかえた。
気晴らしに近くをドライブした。
しかし、帰り道はどの家も明かりはない。  
山道を落ちてもだれも助けにきてくれないと思うと、
ドライブが怖くなった。

NA:
日曜になると、背中に「文部科学省」と書かれた作業服の男たちが、
地区に放射線量を計測にきた。

S:
背中に「文部科学省」と書かれた作業服の男たちが、
地区に放射線量を計測にきた。

NA(ヤスコ):
今日はなんぼですか
 
NA(作業服の男):
15 マイクロシーベルトだよ
   
NA(ヤスコ):
私の家も測ってくれんかね

NA:
別の日、男は家の周辺を測ってくれた。
家の外で10 マイクロシーベルト、
居間で5.5 マイクロシーベルトあった。
平常値をはるかに上回る量だ。
男はそれを紙に書いてヤスコに渡した。
6月初めのある日曜日だった。

NA(作業服の男):
今だからいうけど
   
NA(ヤスコ):
はぁ?
 
NA(作業服の男):
ここは初め
100 マイクロシーベルトを超していたんだ。
そのときは言えなかった。すまなかった。

NA:
その後も、男は「参考にして」といって、
各地域の放射線量が書かれた地図を
ヤスコにくれた。
だが、ヤスコは8月初めまで赤宇木にとどまる。

NA(ヤスコ)+S:
放射能は目に見えるわけではないしねぇ、
数値を聞いてもよく分からなかったのよ

NA:
8月初め、二本松市の仮設住宅に
当たったため、赤宇木を出た。
しかし、今も2日おきに、約25 キロ離れた自宅まで車で通う。
犬と猫にえさをやるためだ。

NA:
プロメテウスによって文明を得た人類が、
今、原子の火に悩んでいる。
福島第一原発の破綻を背景に、
国、民、電力を考える。

NA:
朝日新聞、プロメテウスの罠。つづく。
        
S:
朝日新聞DIGITAL

NO.87237

広告主 朝日新聞社
業種 マスコミ・出版
媒体 WEB
コピーライター 高崎卓馬 外﨑郁美
掲載年度 2014年
掲載ページ 420