金鳥ロマン小説 ピンクのよろめき
第七話<臼井ピン子> 持ち合わせが足りないので近所のコンビニでお金を下ろ
した。広子の残念ですが・・・の言葉の行く先は、
「あの人、保険証を持っていないわよ」
まさかの十割負担の件であった。
つまり、小俣拓也は無職だったーーー。
整理のつかない頭で支払いを済ませ、病室に挨拶に行ったら、
「ああ、こたつぶとん、ワレ、金たんまり・・・・・・うぐ、
ゲホゲホ」
と意味不明なことを言いかけて、黙りこくってしまった。心
配で立ち尽くしていると、しばらくして小俣さんは紙に「うま
くしゃべれない」と書いてよこした。
ボウフラを貼付けたような文字だった。だいぶ具合は悪いの
かもしれない。
ほのかにローズのいい香りがしている。テレビの横に、ピン
クの「蚊がいなくなるスプレー」が置いてあった。
病院を出たところでどっと疲れが出てタクシーに乗った。帰
り際、小俣さんに渡された紙切れを出して見直してみる。
「ケガがなおったら、いちど食事でも行きましょう。ぜひ。
拓也」
死にかけの蚊のような字だが誠実な感じ。
こんな時なのに、わたしは食事に誘われて浮かれていたのか
もしれない。「拓也さん・・・」と小さく口に出して言ってみた。
「誰がタク屋さんや、ヘンな呼び方せんとって」
と運転手が振り向いたその時、
「あぶない!」
と、二人乗りの自転車が急に車の前を横切ったのだ。
悪びれもせず走り去る自転車の後ろで、男の腰に掴まってケタ
ケタと笑っているのは、娘の美由であった。そんなことよりもー
ーー。あの自転車をこいでいた男の子・・・もしかして・・・
「ポン太くん・・・」
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ピン子は一瞬、白目を向いて目を閉じた。
(次週につづく)
古川雅之ふるかわ まさゆき
2009年入会