金鳥ロマン小説 ピンクのよろめき
第九話<臼井ピン子> 決して気を遣ってではない、少年のような食べっぷりに、
わたしはただただ見とれていた。新婚のとい以来かな、こ
んなにお料理に腕を振るったのは。わたしはふと、臼井圭
介ではなく目の前の小俣拓也と結婚していたらどんな人生
になっていただろう、と妄想する。
小俣ピン子。小俣がピン子か・・・。
「・・・うまい」
小俣さんが唐突にこちらを見た。わたしはドキリとして
席を立った。
「ごめんなさいね、そのメンチ、ちょっと味が薄いかも。
よかったらソースを・・・」
コツンーーー。
わたしの薬指の結婚指輪が、小俣さんのそれとぶつかっ
た。長い沈黙・・・。
ピンクの蚊取り線香が、長くなった灰をポトリ、静かに
落とした。
小俣さんの元奥さん、広子さんは、さんざん拓也さんの
碌でなしぶりを話した後、「悪い人ではないんだけどね…」
と、病院の廊下で言った。
女同士だから分かる未練が透けて見えた。
「小俣さん、これ・・・」
わたしは思いきって分厚い封筒を渡した。
中身は・・・考えに考えて『働くということ』という本であ
る。再就職のあれこれが、とても分かりやすく書かれてい
る。本屋に平積みにされていた『人を騙すと地獄に堕ちる人
が9割』という新書は悩んだ末、やめることにした。
「小俣さん、お一人じゃ何かとご不便でしょう」
「・・・・・・」
長い沈黙。蚊が一匹、スローモーションのようにふわりと
堕ちていく。同時に小俣さんの顔がスローモーションで近寄
ってくる。えっ?ちがうの小俣さん。ちがうの。
まさに唇と唇がくっつきそうなその時。
娘・美由のただいまの声とーーーその後ろから照れくさそ
うな「おじゃまします」という男の子の声。
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ピン子は残っていたメンチカツを、とっさに手づかみで自
分の口に放り込んだ。
(次週につづく)