ベン親子の悲劇・いきなり最終回 「ビッグ弁・・・どうしたの?」
息子・リトルベンの不安げな言葉に返事すらできず、
父・ビッグベンは便器のフチにくずおれた。
眼前には、他にも清潔なトイレがまぶしい光沢を放っている。
― もう、だめだ。
いまビッグベンが覗きこんでいるのは便器ではなく、
絶望という名の深淵であった。
このトイレは、除菌効果のある水、その名も
「きれい除菌水」をつくりだし、
常に自分で自分の清潔さを守るトイレなのだ。
なんという残酷な技術。
ビッグベンとリトルベンは親子であると同時に同志でもあった。
日々衛生的になってゆく文明社会において、
彼らの居場所はじりじりとせばめられている。
過酷な生を、支え合い、励まし合って生きてきたのに ー
「ノズルは?ノズルにつけばいいじゃない!」
リトルベンがすがるようにビッグベンを見上げた。
「ウォシュレットのノズルに隠れて生きていこうよ。
あそこなら大丈夫でしょ?」
リトルベンの声はわずかに震えていた。
泣くのを上手く我慢するには、幼すぎたのか。
「ぼく・・・日のあたらない場所は得意だから・・・」
「いや、リトルベン・・・残念ながらノズルも「きれい除菌水」で
自動的に洗浄されるようだ」
「ひどい・・・」
「旅立とう、リトルベン。
このトイレに
俺たちの居場所は、ない」
父と子が、トイレを後にしようとしたそのとき ―
「苦しい・・・、苦しいよ、ビッグベン・・・」
リトルベンが、がくりと膝をついた。
「どうした!」
原因はこのトイレに備わった
「においきれい」機能。
除菌水フィルターがトイレ空間のニオイまでも脱臭し、
親子にさらなるダメージを与える。
― なぜだ?なぜそこまでする?
はてしなく清潔を求める人間の欲望に、ビッグベンは戦慄を覚えた。
「ビッグベン・・・短い間だったけど・・・楽しかった・・・」
「何を言っている、リトルベン!一緒に行くんだ!
俺たちのエデンに・・・仲間の集う新天地に!」
「公園の和式便器でキャッチボール・・・したよね・・・」
リトルベンの声が、しだいに細くなった。
「リトルベン!リトルベンー・・・!」
しゅぱあ。
わが子の名を叫ぶビッグベンの声が、
「きれい除菌水」の水音に唐突にかき消された。
このベン親子の悲劇に気づいた人間は、もちろん、誰もいない。(完)
TOTOトイレは、ここまできた。
NEOREST
山崎隆明やまざき たかあき
1995年入会