リレーコラムについて

しろしい季節の中で

門田陽

 

今、東京上野の小さな事務所の一室、

 

ひとりのコピーライターがPCに向かって

コラムの原稿を書いている。

 

今から1時間前、「あっ!あ~しまった、寝てしまった」とそのコピーライターは

目が覚める。ちょっと1時間だけと思って寝たら6時間経っていた。

 

今から8時間前、そのコピーライターは後輩たちと別れたあと、近所の

セブンイレブンに寄って事務所に戻った。そして最近お気に入りのアイスクリーム

「まるでイタリアンブラッドオレンジ」をかじりながらリレーコラムの4日目を

そろそろ書かなくちゃ、とPCを開いた。メールをチェックしたあといつもの

習慣でYouTubeをザッピング。お気に入りの「さらば青春の光」のおバカな番組を

見ていると時間のたつのが早い。眠くなってきた。

 

今から10時間前、そのコピーライターは先日退社した会社の後輩たちと

上野の「玉響」という居酒屋でお酒を酌み交わしている。

古民家風の居酒屋は「お味噌」に拘ったメニューが特徴的で、

日本酒の種類が豊富。店員さんも元気がよくていい店だ。

後輩たちはお店に行く前、そのコピーライターが開いたばかりの事務所を

訪ねてきた。コンプライアンスやハラスメントに特段うるさい後輩たちの会社は

先輩から後輩を気軽に誘うのが難しい環境。しかし逆は案外大丈夫。

仕事終わりに後輩のほうから「ちょっとこのあと行きませんか?」は

ハラスメントになる可能性は極めて低く問題にならない。

そのコピーライターは後輩たちの計らいがうれしくて飲みすぎてしまった。

 

今から15時間前、そのコピーライターは法人口座開設のため銀行の担当者との

WEB面談に臨んでいた。久しぶりに襟付きのシャツとジャケットを着た。

この3年ですっかり馴染んだリモートでの打ち合わせや会議やプレゼン。

もしコロナがなかったらこんなに普及していただろうか。否だと思う。

コロナのせいで失ったものも多いがコロナのおかげで生まれたものもある。

働き方改革をいちばんの速度で推進させたのは国や行政や大企業ではなく

ウイルスだった、とそのコピーライターは思った。それにしてもその面談で

「本人確認を行いますのでカメラに向かってマイナンバーカードをお見せ

ください」と言われたとき、カメラ越しで大丈夫なんだろうかと心配して

しまうのはそのコピーライターが昭和生まれのせいだろうか。

 

今から47年前の夏、昭和51年、当時まだ13歳の中学生だったそのコピーライターは

福岡ピカデリー1(1998年閉館)の客席で同級生5人と一緒に映画「ベンジー」

を観ていた。男子3名、女子3名。グループ交際を開始したばかりの3組であった。

映画のあと6人は中洲にあった「湖月」という名のカレー屋さんでカツカレーとコーラを

人数分頼んだ。すると倹約家の東くんが「店のコーラは高かろうが、なんで頼んだと」と

言うと女子3人から「ケチケチせんと、しろしか人やね」と一蹴された。

あの映画館もあのカレー屋さんも今はもうない。しかしもしあの夏がコロナ禍だったら

あの日の思い出もなかったのかもしれないと思った。

 

今、東京上野の小さな事務所の一室、

ひとりのコピーライターがリレーコラムの四日目を締め切り6時間オーバーで書き終えた。

今週末の天気予報は雨模様。もうすぐしろしい梅雨が始まる。

 

※博多弁タイトルのワンポイント講座④

しろしい・・・これを標準語にするのはムリかもなぁ。本来の意味は梅雨の不快な日に

「今日も雨でしろしかね~」と使います。が、天気ではなく気分や人に対しても使い

その場合は「うっとうしい」や「やかましい」みたいな意味になります。

 

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