リレーコラムについて

なしてか上野がすいとうと

門田陽

今、東京上野の小さな事務所の一室、

 

ひとりのコピーライターがPCに向かって

コラムの原稿を書いている。

 

今から2時間前、そのコピーライターは国立演芸場の客席にいた。

贔屓の落語家春風亭一之輔師匠が長く続けている勉強会。今年突然

笑点のメンバーになってからチケットがますます取れにくくなった。

今回そのコピーライターはチケットぴあの朝10時のボタン戦争を

勝ち抜き最前列中央の席。笑いのたえないあっという間(「あっという間」を

もう少し陳腐でない言い方にしたいが思いつかない)の2時間が過ぎた。

 

今から3週間前、そのコピーライターは上野鈴本演芸場の客席にいた。

鈴本演芸場はそのコピーライターが最近越してきた事務所から

歩いて5分もかからない場所にある。

午後3時半、場内は図書館のように静かである。そもそもお客さんの

数が少ないうえに寝ている人も何人か見受けられる。演者もそのお客さんを

起こすと悪いと思っているわけではないだろうが笑いの少ない噺が続いた。

そのコピーライターはこういう日があるのも寄席の醍醐味だと思っている。

 

今から5週間前、そのコピーライターは上野に越してきた。長年勤めた会社を退職し

独立といえば聞こえがいいが一人ぼっちのただのフリーランス。新天地に上野を

選んだのは無意識のうちに慰めを求めていたのかもしれない。

そのコピーライターの仕事仲間や友だちはみな口を揃えて「え!上野!?寄席のそばに

しちゃったんですね。ちゃんと仕事もしてくださいよ」と言う。すっかり見破られていた。

 

今から11年前、平成24年3月15日、そのコピーライターは

上野精養軒三階桜の間にいた。二つ目時代から追いかけている春風亭一之輔さんの

真打昇進披露パーティ。夏目漱石や森鷗外の小説にも登場する精養軒で食事をするのは

初めてだ。ナイフとフォークが苦手なので緊張していたらお箸があったので、ほっとした。

今日からは一之輔さんではなく一之輔師匠である。

こういう仕組みや呼び方などは伝統芸能の世界くらいしかないのだろうか。

もしコピーライターの世界に真打制度があったらと考えたらゾッとした

(「ゾッとした」をもう少し陳腐でない言い方にしたいが思いつかない)。

そのコピーライターは、いつの日か自分も上野精養軒に人を招くようなことを

したいと思ったがその願いはまだ叶っていない。

 

今から45年前の夏、当時まだ15歳の少年だったそのコピーライターは

上野パーク劇場(1990年閉館)の客席で封切られたばかりの映画「スターウォーズ」

を観ていた。その前々日の朝、少年は親の箪笥預金から10万円を拝借して行先も告げず

汚い布袋一つに最小限の着替えだけをつめて博多駅に向かった。その少年は新幹線には

乗らず鈍行と急行を乗り継ぎ途中米原駅のベンチで夜を明かし博多から24時間以上

をかけて着いたのが東京上野駅だった。なぜ上野だったのかは当時も今もわからないまま。

駅から外に出た瞬間、その少年は目の前の巨大な「スターウォーズ」の看板に

釘付けになり気が付いたときにはスクリーンの前に座っていた。

それまで味わったことのないフシギな感覚の映画を見終わり劇場をあとにしたその少年は、

いつか大人になったらまたこの街に戻って来ようと思った。

 

今、東京上野の小さな事務所の一室、

ひとりのコピーライターがリレーコラムの三日目を書き終えた。

 

※博多弁タイトルのワンポイント講座③

すいとう・・・これはもう全国区で通用する博多弁なので説明の必要は

ないでしょう。女子が使うと特にかわいく感じられますが、案外ごっつい男が

「オレがこげんすいとうとに、なしてわからんと」とふられて

泣きながら叫んでいるのを夜の中洲で見たことがあります。

 

NO
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