リレーコラムについて

ウワバミ

高田豊造

僕らのそばには、日々とてつもない妖怪が潜んでいます。

 

ここは鎌倉、800年ほど前に幕府のあった土地です。

多くの人が楽しそうにワイワイと、行き交っています。

 

修学旅行生が多く訪れる頼朝の墓。

そこへと向かう並木道には、春になると桜のトンネルができるほど、

ソメイヨシノが咲き誇ります。

ただ、その一帯はかつて頼朝の持仏堂があった場所。

幕府の勢力争いに敗れた三浦一族が、亡き主君頼朝公の前で

最期を迎えようと立てこもった場所なのです。

もはやここまで。決意した三浦泰村をはじめ500人余の一族が、次々と腹を切り、

あたり一面は血の海であったと、歴史は伝えています。

 

今は多くの観光客が訪れる、その足元たった数メートルの地中には、

歴史の光と闇が埋もれています。

 

夏になると水着の若者たちが楽しげに戯れる由比ヶ浜は、

幕府の重臣和田義盛と和田一族滅亡の地。

北条義時にそそのかされて蜂起したした義盛は、

騎馬150騎を擁し、鎌倉市中を戦乱に巻き込むも利はなく、一族とともにこの浜で散りました。

 

鶴岡八幡宮すぐ近くの宝戒寺裏は、鎌倉幕府終焉の地、東勝寺旧跡。

追い詰められた北条氏は東勝寺に行き着き、900人近くが自害。

太平記はその惨状を「血は流れて大地にあふれ、漫漫として洪河の如く」と伝えています。

 

湘南の明るい観光地とは裏腹に、鎌倉は、

猛者たちの怨念と亡霊が渦巻く土地であることは間違いありません。

 

僕らのそばには、日々とてつもない妖怪が潜んでいるのです。

 

 

でもそれは、怨念が生み出した邪鬼でも、魑魅魍魎でもありません。

 

そんな歴史を丸ごとウワバミのように飲み込んで、

なんでもない日常に変えてしまえる「時間」というとてつもない妖怪。

 

誰のそばにも居合すその「時間」という妖怪がなんでも飲み込んでしまうからこそ、

僕らはなぜかウキウキと、そのかつて血の海であった場所で、

楽しくしゃいでいられるでしょう。

 

 

おとぎ話の中に、僕らは生きているのかもしれません。

 

 

 

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