リレーコラムについて

クマとスプレーとわたし

古屋彰一

7年前、

僕は、ヒグマに出会いました。

北海道 知床半島にある羅臼岳の登山道。

ばったり出くわしたという感じではなく、

顔を真っ青にして山を下りてきた登山者に

この先の道の脇にでかいヤツがいると教えてもらったのです。

おとなしく餌を食べてはいるが、怖いから引き返すことにしたと。

はるばる九州から北海道の最奥地まで来たのに、道半ばで諦めないといけないのか。

僕は立ち止まり、腰にぶら下げていたクマ撃退スプレーを握りしめて考えました。

そのスプレーにはこう書いててあります。

『風上からクマを3m以内に近づけて噴射すれば、9割の確率でクマを撃退できます』

たった一つの命を確率で表現される初めての経験を処理しきれず

しばらく、哲学的な問答を繰り返していると

後ろから5人のグループが追いついてきました。

彼らはこう言いうのです。「俺たちはいくよ、またこれるかわからないから」と

見たところ全員70代。確かに一年待って元気に山を登れる保証なんてない。

同時に僕は思いました。

「これで、一番にやられることはない」

スプレーが保証しない1割を5人のおじいちゃんとおばあちゃんの命に託して

僕は先に進むことにしました。

50mほど先に進むと登山道から5m先の小高いところに黒い塊が、地面にある何か夢中で探しています。

一目で人間の力ではどうにもならない事がわかる、絶望的に巨大な背筋。

しかし、どうにも、現実感がない、

なぜか動物園にいるような感覚

息を潜めて歩いていたおばあちゃんが咳き込んでしまって

皆が慌てる様子が、まるでコントのようで

ニヤニヤしながらその場を通り過ぎました。

死を前にすると、現実感を失ってしまうのは

人間に備わった本能なのでしょうか。

死を脇に通り過ぎる経験をして

人生観が何か変わったかと言われたら何も変わってません。

だって、現実感が全くないから。

ただそれ以来

僕は、憑かれたように、休日になれば山に入っています。

なぜなのかは、自分でもよくわかりません。

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同期の神戸海知代さんからバトンを受け取った

BBDO J WESTの古屋彰一です

FCCの代表を2年間の任期を務めさせていただきました。

出品、審査、運営に関わっていただいた皆様ありがとうございました。

1週間、趣味の山についてとりとめもない話でもしようかと思います。

よろしくお願いします。

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