リレーコラムについて

ロシアのおじいちゃん

石下佳奈子

それは、大学の最後の春。
社会人になると長い休暇は取りにくい、という先輩方の声を聞き、
大学の卒業式にも行かず、一人旅に出ました。

ロシアを、片道7日間かけて横断するシベリア鉄道の旅。
東のウラジオストクから西のモスクワまで
4人部屋の寝台列車で、もちろんお風呂はありません。

食事は、ときどき停車する駅のホームに降りて、
そこに売りにくる地元のおばちゃんたちから食料品を買います。

本場のピロシキの、美味しいこと・・・!

香ばしく揚がったピロシキをカリカリッとほうばると、
熱い具材が中からじゅわりと現れます。
しかも日本円で当時、約20円。信じられない安さと美味しさ。
もう、毎日ピロシキでいい。いや、ピロシキがいい。偏食ばんざい。

同じ個室には、ロシアの青年が一人いました。
とても優しそうな穏やかな人で、英語はわからないながらも数日間
平和に同じ個室暮らしをしていました。

そしてある日、この個室に一人の男性が乗り込んで来たことで、
個室の平和は崩れたのです。


ロシアといえば、ウォッカにイクラ。
モスクワで携帯電話の会社をやっている、というその男性は、
車内販売から次々とウォッカやイクラやキャビアを買い、
浴びるように飲み、食べ、泥酔しながら騒ぎはじめました。

当然のように、同じ部屋の私や青年にも次々とウォッカをすすめてきます。
ウォッカ、強すぎるよ。勝てるわけないよ。

ここから脱出しなければ・・・と思いつつ、
個室の席から出ようとすると腕を掴まれ放してしてくれない。
叫ぼうか、と思ったところで、酔っ払いの声を不審に思ったのか
隣の部屋のおじいちゃん達が様子を見に来ました。

「助かった・・・!」と思い、必死に腕を振り払っておじいちゃんのもとへ。

ロシアのおじいちゃん、強し。
見上げていると首が痛くなるほど背の高いおじいちゃんは、
その青年たちに、こってりと説教をしていました。

「見知らぬ人からの飲食物はきっぱり断るべし」
そんな当然のこともできなかった自分を猛省しつつ、
マイナス20度のツンドラの土地を走り抜ける
シベリア鉄道のトイレに駆け込みました。

その事件からは、自分の個室に戻ることはなく、
モスクワに到着するまでの数日間ずっと
おじいちゃんたちの部屋で過ごしていました。

おじいちゃんは、ニシンの干物をわけてくれたり、
英語がまったくわからないながらも
私のガイドブックのロシア語を指差して
湖の位置を教えてくれたり。

誰かの優しさにふれると、そのおじいちゃんを思い出します。
親戚の知り合いに日本人がいる、と言っていたおじいちゃん。

連絡先を教えてもらったのに、そのあとのモスクワで失くしてしまい
お礼ができずにいるまま。

今日は、長々と書いてしまいましたが、
ロシアのおじいちゃんのことを、どうしても残しておきたくて。

もし、どこかで、シベリア鉄道で出会った日本人女性の話をする
ロシアのおじいちゃんがいたら、教えてください。

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